ジールの恐れるもの

「お前、こっちに来てて大丈夫なのか?」

「……正直に言えば大丈夫じゃない」


 ジールの言葉に素直に返せば、おい、と呆れたように後頭部をどつかれた。

 シルヴィが後宮入りして二日目。今頃、シルヴィとテレーズは後宮の内部を探っていることだろう。マヌエル王がシルヴィと一緒にいると思うとむかむかするが、個人的な感情は今は押さえておくべきだ。


「――まあ、気持ちはわからなくもないがな」


 ぽんぽんとエドガーの頭を、ジールが叩く。エドガーも背が低いわけではないのだが、ジールの方が高身長だ。こんな風に気安くエドガーにちょっかいをかけてくるのはジールくらいだ。

最初にエドガーと会った時には、王子が普通に出歩いているのに驚いたようだったが、エドガーのことを王子扱いしないので彼と出歩くのは気が楽だ。

今、二人は冒険者ギルドに向かっていた。


「大丈夫じゃないって、仕事はどうするんだ」

「仕事に穴を開けないのが条件って言ったろ? そんなに長期間にはならないし、なんとかする」


ジールと借りた家と王宮を往復し、調査と政務を同時進行する。たしかに、忙しいが、数週間ならどうにでもできるはずだ。


「……まあ、ほどほどにな。倒れそうになったら、俺に言え。こっちはどうにかしてやる」

「ありがとう、ジール」


 こういうところは、ジールにはかなわないと思う。こちらのことを気にかけているのは十分伝わるが、一定の線は越えてこようとしない。

 そのことに感謝しながら、エドガーは話題を変えた。


「ワディムっていうゴーレム使いについての情報も欲しいな。シルヴィがゴーレムについての知識を欲しがっていただろう。もし、彼がどこで学んだのか知ることができれば、シルヴィの役に立つと思うんだ」


 帰った後、どれだけ仕事が山積みになっているか考えると気が重いが、できる限りは前倒しで片付けてきた。三日に一度は王宮に戻るつもりでいるから、その時に急いで片付けるしかない。

 大柄なジールと一応王子であるエドガーの組み合わせというのは非常に目を引くものらしい。ちらちらとこちらに視線が向けられるのがなんとなくわかる。


「俺達、見られてないか?」

「あー、装備だろ。フライネ王国のものとはちょっと違うからな」

「そういうものか――まだ学ばないといけないことが多そうだ」


 フライネ王国と国交を開いていないわけではないのだが、王族が行き来することはめったにない。だが、国外からの客人を迎えた時、同じように装っていても、どことなく違う雰囲気が漂うのは感じていた。

おそらく、今ジールが言っているのも、そういうことなのだろう。


「――エドガーは、なんでシルヴィにかまうんだ?」

「な、なんでって……」

「いや――シルヴィって、人間離れしてるだろ? お前、そこのところ怖くないのか?」

「怖い?」


 ジールと並んで歩きながら、首を傾げた。言われてみれば、たしかにシルヴィは人間離れしている。

馬車に引かれたくらいでは死なないし、指をぱちんと慣らすだけで、城の壁を修復したこともあった。壁が破壊される原因になったのは、クリストファーの放ったファイヤーボールを打ち返してきたからだし、その前には片手で受け止めて見せもした。

魔物を威圧だけでたじろがせることもできるし、本来一属性しか契約できないはずの四大精霊全てと契約をしている。

――たしかに、人間離れしていると言えばしているのかもしれない。

だが、怖いかと問われたらエドガーは首を横に振るだろう。


「怖くはないな。怖がる理由があるか?」

「――俺は怖い」


 ジールの言葉があまりにも意外だったので、思わず足を止めてしまう。シルヴィと一緒にいる時のジールを見ている限り、そんな風に思っているとは感じなかった。


「S級っていうのはな、人外なんだよ」

「シルヴィは人間だろ?」

「人間の両親から生まれたかという意味では人間だ。だが、その能力は人間をはるかに超える。A級までは訓練を積み重ねることで――そこには当然才能も関わってくるけどな――到達できるが、S級は違う。生まれ落ちた瞬間にS級に到達できるか否かが決まるんだよ」

「そういうものか?」


 シルヴィは言っていた。何度も死にかけるような訓練を積み重ねて、自分の能力を鍛えた、と。エドガーはそれをしっかりと覚えている。

シルヴィほどの訓練をすれば、ある程度は到達するものだと思っていた。


「俺がどれだけ訓練を重ねたところで、シルヴィのレベルには到達しないんだよ。シルヴィがその気になれば、国を亡ぼすことだってできる」

「シルヴィは、そんなことはしない」


 エドガーはきっぱりと言いきった。

シルヴィは、自分を厳しく律している。王家の無茶苦茶な要求にだって、自分を殺して付き合ってきた。そんな彼女が、国を亡ぼすなんてするはずない。


「――それがお前の才能なのかもな」


 こちらを見るジールの目に、感心したような光が浮かんでいるのでエドガーは戸惑った。そこまで感心されるほどのことだろうか。


「俺もテレーズも、シルヴィの仲間ではある。信頼してもいる――けど、心のどこかじゃシルヴィの力に対する恐れを捨てられないんだよ。それが、俺達の弱さって言われればそれまでだけどな」

「怖がる必要ないだろうに」


 てくてくと再び歩き始めたジールの後を追って歩き始める。


「だから、お前がシルヴィには必要なんだと思うぞ」

「どういう意味だ?」

「わからなきゃ、それはそれでいいんだ」


 ぽん、とジールはエドガーの頭に手を置く。子ども扱いされているようでなんだか悔しい。先ほども頭をぽんぽんとされたし、いや、ジールと比べれば確かに経験が足りていないわけであるが。

冒険者ギルドの内部は、ウルディのものと大差なかった。入り口を入って正面にあるのが受付カウンター。掲示板には依頼が張り出され、冒険者達が話をするためのテーブルと椅子も置かれている。


「じゃあ、まずは後宮についてだな。この国のダンジョンについて調べりゃ、何か出てくるだろ」


 こういう場合は、慣れているジールに任せておくほうがよさそうだ。受付に向かったジールは、すぐに記録保管庫に入る許可を取り付けて戻ってきた。

 どこのギルドにも、記録保管庫というものはある。使用料を払えば、基本的な資料は閲覧可能だ。

ジールとエドガーは、引退した冒険者という触れ込みであるが、本業を持ちつつダンジョンに入る半冒険者というのも少なくはない。


(……この国のダンジョンについて、と……)


 ダンジョンには自然の洞窟がダンジョン化される場合と、遺跡がダンジョン化するケースがある。この国の後宮は、昔の魔術師が研究のために使っていた場所がダンジョン化したものだそうだ。


(……俺は、シルヴィを恐れていない、のか……?)


 資料をめくりながら考える。ひょっとすると、ジールやテレーズと違い、冒険者としての経験が少ないからシルヴィを恐れないのかもしれない。

――けれど。

それがシルヴィには必要だというのはどういうことだろう。


「……ワディムって、魔術師の家系なんだな。ひょっとしたら、ゴーレム以外にも、魔術が使えたりするのかもしれない」


ジールが後宮について調べている横で、エドガーはフライネ王国のゴーレムについての情報も集め始める。

 ギルドには、あらゆる情報が集まってくる。現在王宮で後宮の警備にあたっているワディムは、単なるゴーレム使いではなくその他の魔術にも精通している可能性がある。


「なあ、ジール。ワディムのゴーレムだけじゃなく、ワディム本人についても金を払って調べてもらうか?」

「そこまでする必要はないだろうよ。ああ、どうせなら師匠の流れをたどっておくか。そうしたら、シルヴィは喜ぶぞ。どの系統で学んだかわかりやすくなるからな――どうした?」


 ジールをじっと見ていたら、違和感を覚えたらしくこちらに向かって問いかけてきた。


「や、頼りになると思って」

「何言ってるんだよ。俺だって、調べものくらいするんだぞ」


 結局、ギルドを後にした時には、この国のダンジョンについての情報と、ワディムの師匠筋についての情報を集めることができたのだった。





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