エイディーネ神殿再び

 シルヴィの受けた依頼については、当然のごとく同居人達も知るところとなった。知った以上は協力してくれるつもりらしい。


「俺とテレーズは、ギルドが何か握ってないか話を聞いてくる」


 ジールとテレーズは、王都のギルドまで行ってくれることになった。


「じゃあ、私とエドガーで神殿を調べてくるわ」


 この組み合わせになったのには理由がある。


 ジールとテレーズは、王都のギルドでしばしば仕事を受けているので顔がきくのだ。シルヴィも名前は知られているが、王家の依頼を受けて動くことが大半だったために、顔がきくというよりは恐れられているといった方が近い。ジールとテレーズが行った方が、ギルドから情報を引き出しやすいだろう。


 そんなわけで、シルヴィはエドガーと共に神殿を訪れることになった。


 必然的にエドガーも巻き込まれている気がするが、細かいことは気にしてはいけない。


「ギュニオン、留守番できるかしら?」


「にゅいっ!」


 テーブルの上で話の間丸くなっていたギュニオンに問うと、ぴっと右腕を上げた。留守番できるらしい。


「ゴーレム達と遊んでる?」


「うみゅう」


 シルヴィの留守の間、以前は外に出さないようにしていたのだが、最近ではゴーレム達がいてくれるので安心だ。


「ゴレ太―、ゴレ蔵ー、ゴレ之介ー。ちょっとこっち来てー」


「ゴシュジンサマ、オヨビデ?」


「ちょっと出かけてくるから、ギュニオンをお願い」


「カシコマリマシタ」


 三体揃ってぴょこりと頭を下げる。声もそろっている。個性が出てきたなと思うことも多いけれど、同じように成長しているところは成長しているようだ。


「じゃあ、王都まで行きましょ。帰りは、ギルド待ち合わせでいいかしら?」


「それでいいわ。じゃあ、ジール。ギルドで話を聞いた後は、ちょっと”締め上げ”に行ってこようかしらね」


 テレーズが何やら不穏なことを言っているが、シルヴィもエドガーも追求しようとはしなかった。冒険者が、他の冒険者の情報収集についてあれこれ探りを入れるのは行儀がよくないとされているのだ。


 ギルドの前でジールやテレーズと別れたシルヴィは、エドガーと共に再びエイディーネ神殿を訪れた。


 前回神殿を訪れたのは、三日前のことだ。だが、その時にはカティアは休んでいるからという理由で追い払われてしまった。


「――カティア嬢のいた部屋を、調べさせていただいてもかまいませんこと?」


 今日のシルヴィは、冒険者モードではなく、公爵家の令嬢モードである。


 レースの扇を、手の中でもてあそびながら問いかければ、出迎えに出た神官は、見ているこちらが気の毒になるほど緊張した表情になった。


「し、しかし――」


「わたくし、王家の依頼で来ておりますの。神殿は、王家を敵に回すおつもり?」


 正確には王家の依頼ではなく、王家に泣きつかれた冒険者ギルドからの依頼なのだが、今、ここでそこまで説明する必要はない。


 背筋をぴっと伸ばし、顎をぐぃっと持ち上げ、思いきり上から目線で神官をねめつける。シルヴィに見下ろされ、神官はそれ以上の抵抗をあきらめたようだった。


「――神官長の許可を頂いてまいります。こちらでお待ちください」


 通されたのは、神殿に訪れる客人をもてなすための客間だ。


 一応、宗教団体なので清廉潔白がモットーである。室内の調度品は上質でありながらも、華美な装飾が施されていないというのは、そういうことなのだろう。


「あの神官、気の毒になるレベルで怯えていたな」


「まあ、ちょっと”威圧”しておいたし」


 公爵家の令嬢”シルヴィアーナ”として振る舞う時には、威圧は押さえておくのだが、今は意図的に放出している 。


 自分を鍛え上げる過程で、シルヴィは“威圧”スキルも習得していた。魔物を相手にする時は、相手を怯えさせ、自分が優位に戦闘を進めるために使用されることが多い。


「シルヴィの威圧じゃ、殺されると思ったかもしれないな」


 普通の人間なら相手をひるませる程度なのだが、シルヴィの場合桁が違う。


 低級な魔物なら、むしろあちらが逃げ出すレベルである。手加減したとはいえ、それを正面からくらった神官がどれほど怯えたかはあまり考えない方がよさそうだ。


「だって、その方が話が早いと思ったんだもの。あのままあの場で押し問答をしているわけにもいかないでしょ」


 そんな会話をひそひそとかわしているうちに、慌てた様子で神官長が入ってきた。


 白を基調とし、肩のあたりにだけ赤と金で装飾が施された服を身につけている。腰のベルトは、茶の革製のものだった。


「――これはこれは、殿下。しかし、なぜ、メルコリーニ家のご令嬢が……?」


「神官長。公表してはいないのですが、わたくしの”スキル”で カティア嬢の部屋に残された魔術の痕跡を追うことができるかもしれません」


 先ほど神官を脅した時の威圧はどこへやら、シルヴィは公爵家令嬢シルヴィアーナとして神官長に対峙した。


「ほう、そのようなスキルが……」


「ええ、詳細はお話できませんけれども……」


 “威圧”や“修復”などのように比較的多人数が取得することのできるスキルについては、詳細の調査が進んでいる。


 だが、ある日突然目覚める固有のスキルについては、秘匿しているケースが多い。すべてを表ざたにして、自分が不利な立場に追い込まれるのはやっかいだからだ。


 神官長もそれを知っているようで、スキルの詳細についてはたずねてこなかったけれど、今のはシルヴィの口から出まかせである。そんなスキルは持っていない。


「だから、王家の方からシルヴィアーナ嬢に頼んだんだ。カティア嬢がいなくなったというのは大ごとだろう。また、彼女が魔族に悪用されるようなことになっては困る」


「さようでございますね……メルコリーニ公爵夫人のような力があれば、さらわれないですんだかもしれません」


「それは今言ってもしかたのないことだろう」


 神官長が遠い目になったのに、エドガーが呆れた口調で返した。


 今言ってもしかたのないところというだけではなく、神殿はカティアの不在失踪を隠そうとした。そこでシルヴィの母の名を出したところでどうしようもない。


(まあ、お母様は特別よね……)


 シルヴィもまた、神官長に負けず劣らず遠い目になった。


 シルヴィの母は、回復魔術の使い手であり、本来ならば戦闘で最前線に出ることはあまり多くない。強力な魔術の使い手は、その分戦闘力には欠けることが多いからだ。


 戦闘があれば真っ先に突っ込んで行って、自ら敵をばったばったと切り倒していく母と、普通の回復魔術の使い手を一緒にしてはいけないと思う。


 母いわく”普通の回復魔術の使い手よりちょっと強いだけ”だそうだが、回復魔術が使えなかったとしても、冒険者として独り立ちできる程度の腕はある。


 たしかに母なら、神殿から誘拐されるようなことにはならないだろう。だが、母と普通の女性を比べる方が間違いだ。


 首を振ったシルヴィは、強引に話を戻した。


「それはともかくとして部屋を見せていただける? 陛下の方には、わたくしから直接報告させていただきますから」


「かしこまりました」


 国王の名を出したこと、エドガーが同行していたこと、なによりシルヴィが顔に笑顔を張り付けながらも、密かに神官長を威圧していたこと。様々な要因があっただろうが、ようやくカティアの部屋を見せてもらえることになった。


 耳をすませば、遠くから神殿に参拝にやってきた人達の声が聞こえてくる。神官長のあとをついて廊下を歩きながら、シルヴィは考え込んだ。


(今のところ、魔術の気配はない……わよね……)


 魔術が行使されたか否かは、能力があればわかる。


 さらに、魔力は人それぞれ違う。それなりに能力のある者が見れば、魔術をかけた者がどこの家の者かくらいはわかるのだ。


 だが、この神殿にはシルヴィもは子供の頃から通っている。


 だが、子供の頃から馴染んでいるエイディーネの奇跡――魔族が神殿に寄りつかないようにする防御の魔術、回復魔術の効果を高めるための魔術など――以外、新たな魔術の使われた形跡はなかった。


「こちらでございます。私は外で控えておりましょうか?」


「ええ。神官長。そうしていただけると助かりますわ。あまり多くの人が見ているところでは、集中できませんから」


 本当はまったくそんなことはないのだが、シルヴィは神官長にちらりと笑みを向け、エドガーの開いてくれた扉の奥に足を踏み入れた。

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