今夜が初夜というわけで
何かと面倒だと思っていても、後宮に入った身では、一応王の相手もしなくてはならない。
というわけで、今夜が一応”初夜”になるわけだ。マヌエル王は、夕食の時間からシルヴィのところを訪れていた。
妃や使用人達の食事は、後宮の中心にある厨房でまとめて調理されている。毒見をすませた後、使用人達が各妃の部屋までワゴンを押して配達してくれるのだ。
保温された状態で運ばれてくるから、さめているということもない。
給仕にあたるのは、各妃の身の回りの世話をしている侍女だ。というわけで、シルヴィの住んでいる琥珀の間では、テレーズが側についていた。
(ごめんねー、先に食べて)
いつもならテレーズと一緒に食べるのだが、今日はそんなわけにもいかない。心の中でテレーズに手を合わせ、マヌエル王と共にテーブルについた。
給仕されたのは、シルヴィの実家ではあまり見かけない料理だった。生の野菜を使った前菜に、エンドウ豆のスープ、メインは香辛料をきかせてパリッと焼き上げた白身の魚だ。ピリ辛の風味が食欲をそそる。
後宮で働いている料理人だけあって、盛り付けも美しく味もよかった。
「本当に、そなたは美しいな」
食事の手を止め、マヌエル王はじっとこちらを見つめてくる。
シルヴィは左手を頬にあてた。恥じらっているそぶりで、そっとうつむく。
(ないわー、恥ずかしいとかないわー。というか、目の前の食事に集中したいんですけど?)
と、心の中でつぶやいているのは、マヌエル王には気づかれていないはずだ。
メインの白身魚の味付けが気になる。ベルニウム王国では食べたことがない味だ。目の間にいるマヌエル王を放置して、つい食欲の方に気を取られたくなる。
「メルコリーニ家のゴーレムは、皆、あのような出来なのか?」
「その点については、なんとも。養父から護身用にといただいただけですの」
別に寵愛を求めてここに来ているわけではないので、王を目の前にしても委縮はしない。料理の味を堪能しながら、王からできるだけの情報を引き出そうとする。
(……この料理に使われている香辛料、何かしら。今度、市場で探してみよう)
本来後宮からは出られないのだが、シルヴィは出る気満々である。レシピを実家に送りたいと言えば、料理人に教えてもらえるだろう。実家との手紙のやり取りまで禁じられているわけではない。
「この後宮は、昔はダンジョンだった場所を利用していると侍女から聞いたのですが……?」
「ああ、そうだ。ダンジョンは、時に”枯れる”こともあるというのは知っているか?」
「ええ……たしか、枯れたダンジョンは魔物も出なくなるし、農作物の収穫もできなくなるのですよね」
「そうだ。特に、この後宮は元は魔術師の研究所だったらしい。遺跡がダンジョン化したものは、枯れやすい傾向にあるそうだ」
「……そうなんですね」
メインの肉料理は子羊の煮込み。こちらもまた、ピリ辛の香辛料が効いている。
食後のデザートまで終えると、マヌエル王はシルヴィの手を取った。
「――では、行こうか」
上階に続く、螺旋階段の方を視線で示される。
「はい、陛下」
せいぜい恥じらいを見せながら、シルヴィはうなずく。側にいたテレーズがにやにやしているのは全力で見なかったふりをした。
「……どうぞ、陛下。そこにお座りになって?」
どーんと置かれているベッドではなく、その側にあるカウチを示す。
「お休みになる前に、もう少し、お話をしましょう。こちらをどうぞ」
シルヴィが差し出したのは、冷たい水だ。ミントの葉が浮かべてあって、すっとした香りが、口内をさっぱりとさせてくれる。
「ワディムのゴーレムは、中庭に埋め込まれているのですね?」
「エリーシアが、そなたにけしかけたゴーレムだな」
さっさと寝かせてやろうと思いながら、シルヴィはマヌエル王の足元にかがみこんだ。靴を脱がし、せっせと足のマッサージを始める。
(……これで、ぐっすり寝てくれたらいいんだけど)
寝てくれなかったら寝てくれなかったで、強引に寝かせる方法はいくらでもある。今は、王と話をする方が先だ。
「彼女は、後宮を守ろうという意識が強すぎてな。彼女がいてくれるから、安心できるという面もあるんだが――」
「まあ、そうでしたのね」
やたら上から目線だとは思ったが、後宮を守らねばならないという意志が強いのであればそれもしかたのないところだろう。
あともうひとつ、早急に聞き出さなければならないこともある。
「――陛下。お妃様の中に、体調を崩しておられる方はいらっしゃいませんか? そう――」
意味ありげに言葉を切り、シルヴィは自分の言葉が相手に聞こえていることを確認しながら続けた。
「聖女の治療を必要とするような」
「何!?」
今までマッサージをされていた時のだらりとした様子とは一気に雰囲気を変え、マヌエル王は飛び起きた。
「シャンタルのことか。そなた、どこでそれを聞いた」
どうやら、病気の妃はシャンタル妃というらしい。
「わたくしは、メルコリーニ家の者ですもの。父からそのくらい聞いております。そして父は、わたくしにポーションを持たせてくれました」
クリストファーにも飲ませたあれだ。ポテトマンドラゴラは、本当に便利な品である。
シルヴィは、毒々しい紫色がぶくぶくと泡立っている怪しげな液体が入っている瓶を、マヌエル王の前に差し出した。
「調べてくださってけっこうです。ポテトマンドラゴラを中心に、滋養強壮によい薬草を取り揃えております――もし、お会いすることができたなら、わたくしが診察をすることもできると思います」
「そなた、医術の心得があるのか?」
「聖エイディーネ学園で基礎的なことだけは学びました。わたくしの診察をもとに、父の部下がポーションの配合を変えることもできるでしょう」
”聖女”が行方不明になっている件については、ここではあえて触れない。
「この瓶の中身を調べ終わったら、そなたが届けるとよい」
「ありがとうございます、陛下」
「続きを頼む」
ごろりとマヌエル王が横になったところで、シルヴィはそろっと気配をうかがった。そろそろ魔術が効いてきた頃のようだ。
「さあ、どこだったでしょうか……わたくしの気のせいでした?」
首をかしげ、下から見上げる。ついでに、足の裏を親指でぐっと押してやった。
「い、痛いな、それは……」
「まあ、陛下。お疲れなのですわ。このまま、わたくしにお任せくださいませ」
シルヴィの手は休みなく動く。父や母に頼まれてマッサージをすることもあるので、慣れているのだ。
そうやって、足裏にマッサージをしている間に、シルヴィは気づかれないようにマヌエル王に向けてシルヴィオリジナルの魔術をかける。
やがてゆっくりとマヌエル王の目が閉じられ、そのまま深い眠りに落ちた。
「――寝た?」
「寝た寝た。今頃、いい夢見てるわよ、陛下」
侍女の服からいつもの服に着替えたテレーズが、階段のところからのぞいている。朝までカウチに放置しておくわけにもいかないので、ベッドに移動させてやった。
妃として入ったからと言って、シルヴィが最後まで陛下にお付き合いをしなければならない理由もないわけで。
マッサージしながら、シルヴィはマヌエル王に幻夢の魔術をかけた。この後宮、外からの魔術はめちゃくちゃ警戒されているが、中で使う分にはそうでもないらしい。
まあ、明日の朝追及されたら、「陛下はマッサージの間に眠ってしまったので」で押し切るつもりだ。
「じゃあ、行きましょうか。着替えた方がいいんじゃない?」
「そうするわ」
王を迎えるためのずるずるしたドレスから、動きやすいいつもの格好へと着替える。
念のため、寝室の扉には魔術的な鍵をかけた。
夜中にマヌエル王が目を覚ますようなことがあっても、すぐに対応できるように。シルヴィの見立てでは、明日の朝までは起きないはずである。
準備を終えたシルヴィは、一階の中央に転送陣を描いて、テレーズと共に一気に飛んだ。
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