シルヴィの変身

 父がてきぱきと動いてくれたおかげで、シルヴィのフライネ王国後宮入りはさくさくと準備が進んだ。

 父がフライネ王国に自ら赴き、どういう手段を使ったのかまではわからないが、その日のうちにマヌエル王と面会して話を取り付けてきたのである。


「やー、マヌエル王ってものすごいイケメンだったよ! 彼が独身で、この国の人間だったらシルヴィを嫁にやってもよかったかな!」

「お父様、それ冗談になってないから。笑えないから」


 なんて会話をした翌日には、シルヴィは農場に戻っていた。

 ここで支度を調え、父と合流してからフライネ王国に向かうのである。

シルヴィ一人で潜り込むのではなく、テレーズが侍女として同行してくれることになっている。


「テレーズが一緒に来てくれて助かるわ。腕っぷしが強くて、侍女の役ができる人ってそうそういないもの」

「あなたには、護衛は必要ないでしょうけれどね」


 後宮入りするのに、腹心の侍女の一人も連れていないというのは不自然だという理由で、テレーズが選ばれたのだ。

 実際のところ、シルヴィに護衛は不要なのだが、あえて誤解されるような真似を最初からする必要もない。


「――さて、それじゃやりますか」


 シルヴィの目の前に広げられているのは、髪染めの道具一式だ。黒髪を金髪にするだけでずいぶん印象が変わる。それから、目の色も変化させる。


「カーティスさんのおかげで、目薬が調達できてよかったわよね……」


 ポテトマンドラゴラとその他何種類かの薬草を使えば、目の色を紫から青に変化させる目薬を作ることができる。材料一式は、カーティスが用意してくれた。


「有力な商人と結ぶというのはいい考えだったわね。必要な素材の調達が楽にできるもの」

「そうね。ドレスもすぐに用意してもらえたし」


 目薬の他にも、髪を染める薬剤だの、公爵家にあるシルヴィのドレスとはセンスの違うドレスだの、その他宝石や扇子やハンカチ等後宮入りに必要な品は全部カーティスに依頼した。

彼は収入を得ることができ、シルヴィ達は秘密裏に必要な品々を調達できるしでウィンウィンである。


「メイクも変えた方がいいわね。このピンクのチークはどう?」

「ちょっと垂れ目に見えるようにしようかなー。テレーズはどう思う?」


 髪を染めている間、作業部屋のテーブルにたくさんの化粧品を並べたシルヴィは、ああでもないこうでもないと、次々に手に取っては戻すことを繰り返した。

そうして試行錯誤すること一時間。鏡を見て、シルヴィは満足げにうなずいた。


「悪くはないわよね。けっこう美人に仕上がったと思うんだけどどうかしら」


 金色に染めた髪は、ストレート。左耳の下で一本にまとめて、胸の前に垂らしてある。 ややきつく見られがちな目元は、目じり側を中心にアイラインを入れ、ピンクを中心としたアイメイクで垂れ目風に仕上げた。おっとりとした清楚系美人の完成だ。


「いいと思うわ。素敵」


 おっとりとした清楚系美人に仕上げたので、ドレスも、”シルヴィアーナ・メルコリーニ”が選ぶものとは、若干選ぶ基準を変えてみた。

 シルヴィの選ぶドレスは派手な外見に合わせて派手なものが多かった。フリルやレースをふんだんに使い、時には宝石もはめ込んでみたり、花飾りをあしらったり。

だが、今回は違う。あくまでも清楚に、可憐に見えなくてはならないのだ。シルヴィが選んだのは淡いピンクのドレスだった。


「なんていうか、花の精霊が着ていそうなドレスね……」


 シルヴィと仲の良い四大精霊の他にも、この世界には多数の精霊が存在している。だが、四大精霊以外は、ほとんど人前に姿を見せることはないらしい。

 ふわふわとしたチュール地を重ねて、可愛らしい花飾りをつけたドレスは、たしかに花の精霊をイメージさせる。

 胸のあたりには布を巻き、いくぶん細めに見えるようにした。もともとシルヴィの身体は凹凸がしっかりしているので、それだけでずいぶん華奢に見えるようになる。

 テレーズの方は、侍女ということで地味な紺のワンピースを着ているのだが、なにせ驚異的な胸のサイズの持ち主だ。

 飾り気のないワンピースなため、身体の線がよくわかる。地味な服を着ているのに、妙にエロ――いや、艶めかし――ではなく、細かいことは気にしてはいけない。


「ねえシルヴィ。そのバッグ、何も入らないように見えるんだけど」

「見た目はそうよね。でも、ハンカチとリップが入れば十分でしょ? 後宮の中じゃ財布もいらないわけだし――実際には収納魔術がかけてあるから」


 見た目は小さなバッグでも、容量的には無限大だ。外側は一流のバッグ職人に作ってもらったのだが、中身はシルヴィが作った”ナンデモハイール”である。


「テレーズにもひとつ、渡しておくわね。ポケットの中にでも入れておいたらいいと思う」


 テレーズに渡した分は、小さなきんちゃく袋の形をしている。

使用人はこうやって小さな袋に、キャンディを入れて持ち歩いていることが多い。時々、こっそりとおやつタイムを楽しむためだ。

実際にはキャンディではなく、武器や防具が入っているわけだが、他の人には中身を見せることはないので問題ない。

テレーズにも以前、鞄は渡しているのだが、腰につけるタイプでけっこう目立つ。腰に鞄をつけて回ることはできないのでポケットにしまえるサイズの方がいい。


「さて、と」


 支度を終えたシルヴィは、腰に両手を当てて室内を見回した。

 日頃のシルヴィの趣味とはかけ離れているが、ドレスも靴もバッグもたんまり詰め込んだ。

宝石――というか、シルヴィがダンジョンから取ってきた魔石である――のアクセサリーも、大量に持ち込むつもりだ。


「シルヴィ、用意はできたか?」

「ええ、いいわよ」


 扉の外から声をかけてきたのはエドガーだ。エドガーは、室内に一歩踏み出そうとし――扉を開いたところで固まった。


「誰だお前は!」

「エドガー、まずそれ? というか、腰の剣から手を離さない?」


 扉越しに会話しておいて、誰だも何もないだろう。声でシルヴィだとわかったらしく、腰の剣をいつでも抜けるようにしていたエドガーは、剣から手を離した。


「まずそれって……別人すぎだろっ! 外見変える魔術でも使ったか?」

「そんなことしないわよ。実際の外見と違うように見せるって、魅了に通じるものがあるじゃない? そんなことにならないように、あちらで厳重にチェックされるわよ。これは全部自前ですー!」


 収納魔術のかかった荷物を持ち込むのはありなのかと言われそうだが、それはそれ、これはこれだ。

一国の王に嫁ぐとなれば、荷物の量も多くなるのが当然だ。収納魔術のかけられた鞄を持ち込むのも問題はない。おそらく、中身のチェックはされるだろうから、見られて困るものは、エドガーとジールに運んでもらうとあらかじめ取り決めてあった。


「いくらなんでも変わり過ぎだろ――」


 エドガーの視線がシルヴィの頭の先から足の先まで何往復かし、それから顔をまじまじと見つめる。

 そこから下に降りて行って、胸元で止まり「……大きさが違う」とぼそりとつぶやいた。


「どこ見てるのよ、失礼ね!」

「や、すまん、ついっ!」


 真っ赤になったエドガーが、顔を背けて手をばたばたとさせる。


「エドガーには刺激が強すぎたんじゃない?」

「なんの刺激だ、なんの!」


 テレーズにからかわれて、エドガーはますます真っ赤になった。


「……まあ、いいわ。そろそろお父様と行ってくる」

「気をつけろ……って言っても、シルヴィにかなうやつなんていないんだろうな。あ、手を出せ」


 首をかしげたシルヴィは、エドガーの前に手を差し出した。

 手のひらにころんと落とされたのは、シルヴィの目の色に合わせた――今は違うけれど――アメジストの指輪だ。


「シルヴィにこれを渡したところで、気休めにもならないんだろうけど。とにかく気をつけろ。フライネ王国の後宮については、何も情報がないんだから」

「ありがと――ああ、防御の魔術がこめられているのね」

「馬車に引かれたくらいじゃ、シルヴィが死なないのもわかってるけどな」


 なにせ、S級クラスである。人類を引退した女である。

守護の魔術がかけられた指輪より、シルヴィ自身の能力の方が高い可能性も否定はできない――。けれど。


「ありがとう、エドガー。嬉しいわ」


 にっこりとして、シルヴィはそれを右手の中指にはめた。ぴったりのサイズだった理由については聞かないでおこう。

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