VS王家
「まあ――王家の尊厳も忘れ、あのような形で婚約破棄を言い渡すような方に、敬意を払う必要はありまして?」
「――なっ」
扇の陰でわざとらしくため息をついて見せる。
クリストファーは、正式な手続きをとればよかっただけなのだ。あんな形で、皆の前で発表するのではなく。
(……まさか、私が婚約解消は嫌だとごねるほど、クリストファー殿下のことが好きだと思われていたわけじゃないわよね)
それだけはないない、ありえない。
クリストファーと婚約させられたのはしかたないなと思っていたが、それなりの敬意を払った付き合い以上のものはなかった。
月に一度のお茶、月に一度の外出。それが原則で、それだけでクリストファーのことを熱烈に愛しているのだとか思われていたのだとしたらちょっと困る。
「――私達も、混乱しているのだ。まさか、あの場で破談を言い渡すとは思ってもいなかったのでな」
うろたえながらも口を挟んだのは、クリストファーとエドガーの父親であるこの国の国王だ。
ベルニウム王国は、建国三百年の歴史を誇る国だ。その国を支えてきた王家の一人である有能な人物ではあるが、さすがに今回の事態は想定できていなかったようだ。
「……カティア嬢にシルヴィアーナ嬢が虐めをしたというが、その証拠はどこにある?」
「父上、ここに」
クリストファーへの問いかけに、びりびりに破かれた教科書に学園の制服。泥まみれにされた学園用鞄が差し出される。
「そこの女がやったのだ」
「これをやったのは、わたくしということにはなりませんよね? 破壊されたり、汚されたりした品があるというだけのことですもの」
「――だから! カティアがお前にやられたと言っている。それに、お前は俺がカティアに近づくのをよしとしなかったじゃないか」
父が先に出ようとするのを、シルヴィは素早く閉じた扇を持った方の手で止めた。こんなことくらいで、父の手を煩わせるわけにはいかない。
「当たり前ではありませんか」
そう口にしながら、シルヴィは室内に視線を巡らせる。
この部屋に集まっているのは、当事者である王太子クリストファーとシルヴィ。そしてそれぞれの両親である国王夫妻に公爵夫妻にエドガー。
記録係の侍従が王の背後に控えているのをのぞけば、ここにいるのは身内だけ。
シルヴィの視線が、部屋の隅に置かれている時水晶にとまる。どうやら、この場のすべてを記録しているようだ。
(……だったら、あれを使わせてもらおうかな)
「わたくしと殿下は婚約しているのです。婚約者のいる身でありながら、他の女性に手を出すなど――」
深々とため息をつきながら扇を開き、意味ありげに言葉を切ったシルヴィは、王家の人達の方ではなく時水晶の方を向き、扇越しに微笑みかけた。
「だって、他の女性に手を出すなど品性下劣の極みですもの!」
品性下劣の極み――あまりな言葉に、クリストファーが真っ赤になった。
「シルヴィアーナ・メルコリーニ! 言葉が過ぎるだろう!」
エドガーが吠えた。しっかりとクリストファーを片手で押さえているのは、クリストファーがシルヴィにとびかかろうとするのを阻止しているらしい。
とびかかられたところで、返り討ちにするだけなので問題ないのだが。
「たしかに兄上の行いは誉められたものではないが、お前のやり方にも問題はある!」
「……そうでしょうか?」
「もっと穏便にすませる方法はあっただろう! それをあの場であのような形で――」
「ですから、正式な手続きを取ってくださいとお願いしたのです。好き好んであの場で自分の正体を明らかにしたわけではありませんわ」
怒っているエドガーとは対照的に、シルヴィの方はどんどん冷めていった。エドガーって、こんな人だっただろうか。
単に、兄に恥をかかされて頭に血が上っているだけだと思いたいが、長男と次男がこれだと今はこの場に居合わせない三男は大丈夫かと心配になってくる。
「みっともないところを見せるな!」
クリストファーが怒りで足を踏み鳴らすのに、国王が鋭い声で叱咤する。
今のシルヴィの微笑みも、足を踏み鳴らしているクリストファーの様子も、時水晶に残されている。永遠にその姿を王宮の歴史に刻みつければいい。
「婚約している相手が品性下劣の極みと言われる行動をとろうとしていたら、婚約者としてはたしなめるべきですわ。少なくとも、殿下のみっともない行動は、学園で笑いものになっておりましてよ?」
さらに追撃をかける。
クリストファーがカティアに惹かれるのはある意味しかたがないのかもしれない。なにせ、カティアは"ゲームヒロイン"、そしてクリストファーは"攻略対象キャラ"だからだ。
それがわかっていて"品性下劣の極み"などというすさまじい言葉を選んだのは、シルヴィの意趣返しだ。
「わ、笑いものに……だが、それは、お前が先導したことだろう!」
「ですから、証拠を押さえてからにしてくださいと申し上げたはずですが」
「証拠証拠と――カティアは怪我をしているじゃないか!」
たしかに卒業式の場でもそんなことを言っていた。
回復魔法の使い手なのだから、怪我くらい簡単に治せる。恋愛方面はともかく、学業方面では、カティアは非常に優秀なのをシルヴィは知っていた。
(それをわざわざ包帯で巻いて見せびらかしているんだから、裏があるってわかりそうなものなのに)
シルヴィは心の中でつぶやいた。
「怪我をさせられた時のことですわよね? ですから、私はその時ダンジョンに潜っておりましたの」
「ダンジョンダンジョンって……! ダンジョンの受付が嘘をついた可能性だってあるだろう!」
ちょっと怒らせたらみっともない行動に出るのではないかと思っていたけれど、クリストファーはやすやすとシルヴィの思惑にのってくれた。
面倒くさいだけではなく、皆の前で醜態をさらさせるのは王家の恥さらしになるだろうと最後の恩情をかけたのに。
「ですから、時水晶に記録してありますの。いつ、どこでわたくしがカティア嬢にどんなヒドイことをしたのか教えてくださいませ」
「わかった。カティアが編入してきた日から順にお前がしてきたことを説明してやろう」
カティアは平民出身なので、本来は学園には通えない。
だが、一年前、急に回復魔法に目覚めた。あまりにも強大な力であったことから、"特例"として卒業まで一年という期間での編入を認められたのである。
一年生が入学してくるタイミングで編入となり、入学式にも参加していた。
(……たしかに、苦労はしたと思うのよね)
貴族でもなかなかいないレベルの強大な回復魔法の使い手。
貴族としてのマナーを学ぶ間もない状態での編入だったから、クラスメート達にひそひそと言われたであろうこともわかる。
(マナーに関しては、私も手を貸したからそれなりのところまで仕上がったとは思っていたんだけど……)
見かねたシルヴィも、最初のうちはカティアを受け入れるつもりはあった。貴族の中で浮かないようマナーも教えたし、面倒な付き合いについてもできる限り手を貸したつもりだ。
カティアが原因で、いずれ婚約破棄を言い渡されるだろうと考えると微妙ではあったが、王太子妃になるのであればクリストファーを支えてもらわなければならない。
ひとつ認めるべき点があるとすれば、カティアは非常な努力家であった。
クリストファーも勉強に付き合ったということもあり、たったの一年で成績優秀者に名を連ねて卒業できるほどに。
なんてことを思い返しながら、クリストファーの言葉に耳を傾ける。
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