第一側妃との邂逅
検査に回されていたバッグを受け取り、テレーズを連れてシルヴィは後宮内に足を踏み入れた。案内役の侍女が二人の前を歩いている。
フライネ王国はベルニウム王国と比較して暑いからか、侍女が身に着けている服も涼しそうな素材でできている。
(魔力の痕跡が残っているわね。やっぱり、後宮部分は昔のダンジョンを利用して作られているんだわ)
壁を見ていると、わずかに魔術の気配がある。これは、失われた技術であることをシルヴィは気づいていた。
「……アメリア様、どうかなさいました?」
侍女に扮したテレーズが、そっと声をかけてくる。シルヴィはテレーズに返しながら、視線で壁を示した。
「いいえ。この壁、とても珍しいと思って見ていただけよ――今まで、見たことのない素材だわ。どこで産出した石材なのかしら」
ダンジョンの壁なので、どこで産出した石材なのかよくわからないのは当然なのだが、何もわからないふりをしていれば侍女が何か話してくれるかもしれない。
「後宮は、もともとダンジョンだった部分を利用して作られているのです。非常に堅固に守られているのですよ」
先を歩いていた侍女がふり返り、そう教えてくれる。シルヴィは身を震わせた。
「元ダンジョン……危なくないのですか?」
「今は、魔物も住んではおりませんよ。昔、ダンジョンだったというだけのことですから」
くすくすと笑う侍女は、なんだか嫌な雰囲気だった。シルヴィのことを馬鹿にしている。
シルヴィは、眉間に皺を寄せた。
ヴェントスを召喚して、あたりの様子を探ってもらいたいところだけれど、この侍女の前ではさけておいた方がよさそうだ。
(まぁまぁ、腕が立ちそうな雰囲気ではあるわよね)
先を歩く彼女には気づかれないように密かに観察する。冒険者ギルドに登録している冒険者と比較はできないだろうが、身のこなしから判断すると腕は立ちそうだ。
B級冒険者レベルであるエドガーと正面から打ち合ったら、どっちが勝利をおさめるかわからないというところだろうか。
(……ということは、マヌエル王はさらに強いのかも)
マヌエル王は座ったきりで、実際に動いているところは見られなかったが、シルヴィが見たところによると、とても強いと思う。
「それにしたって、恐ろしいものは恐ろしいわ。元ダンジョンだなんて……」
実際は全然怖くないけれど、シルヴィは両手で自分の身体を抱きしめるようにしてもう一度震えて見せた。
貴族の家系ならば、ダンジョンのひとつや二つクリアしていてもおかしくはないのだが、中にはさほど強くない者もいる。
一応、”アメリア”はさほど強くはないという設定でやらせてもらう予定だ。念のために確認してもらったら、学園の成績は平凡そのものだったからその設定で問題ない。
「怖いのでしたら、部屋からは外に出ないことをおすすめしますわ。後宮の中は、危険ではありませんけれど」
「ええ……そうさせてもらうかもしれないわね」
怯えているシルヴィの様子が、侍女には面白く見えたようだ。またもや、くすくす笑いが彼女から漏れた。
(……侍女の躾はなってないわね、マヌエル王!)
心の中で毒づく。後宮に多数の女性を集めていても、そこで暮らしている女性達がどんな関係なのかまではあまり気にしていないのかもしれない。
白い石造りの廊下を通り抜け、さらに奥へと歩みを進める。中は迷路のようにあちらこちら折れ曲がり、道別れしていて、たしかに迷ってしまいそうだった。
(昔のダンジョンなのは間違いないけれど、自然発生したものではなくて、昔の研究施設とかそんな感じかしらね……?)
ダンジョンの壁は、清潔感溢れる雰囲気だ。白い岩であるが、うすぼんやりと発光しているようにも見える。天井に一定の間隔でランプが埋められているから、窓はなくても足元が見えないということはなかった。
侍女に従って歩いていくと、正面に大きな扉が見えた。侍女はその扉の方へとまっすぐに進み、両手で押し広げる。
「……まあ、すごいわ!」
扉の向こう側に広がる景色に、シルヴィの口からは素直な感嘆の言葉が漏れた。
廊下を通り抜けた先は、ひらけた空間だった。中庭、と言えばいいのだろうか。
かなりの広さのある空間を、ぐるりと囲むように壁がある。おそらく上から見たら、ドーナツの穴のように真ん中だけぽかりと空いているのだろう。
中庭にもまた、南国風の花が咲き乱れていた。葉の緑は艶やかで、花の色と葉の色の対比が鮮やかだ。
いくつも噴水があり、噴水と噴水の間は、細い水路で結ばれている。水の流れる音が耳に心地よい。
「お気に召しました?」
「ええ、とっても!」
たしかに、これなら後宮から出る必要はないかもしれない。
実際、向こう側には何人か散歩をしている人も見受けられるし、左手の方にある石造りのプールでは、水着のようなものを着て水浴びをしている人もいる。
ここは、マヌエル王以外の男性の目を気にする必要はないので、ビキニタイプのけっこう大胆な水着だ。
今は厚着をしているから目立たないが、胸にぐるぐると布を巻いた状態で水浴びをするのはやっかいだ。水浴びは室内ですませようと、決める。
「……ステラ。そちらのご令嬢は?」
シルヴィの目の前に立ち塞がったのは、銀髪に青い瞳が印象的な女性だった。二十代半ばだろうか。マヌエル王より、少し年上に見える。
「こちらは、ベルニウム王国からお輿入れなさった、アメリア・メルコリーニ様です」
「……そうなの。また、新たな妃が入るというわけね」
じろじろと見られて、嫌な雰囲気だ。
シルヴィは視線を落とし、不機嫌な顔を隠そうとした。テレーズも背後で同じようにしている気配を感じる。
「アメリア・メルコリーニでございます。一生懸命務めますので、どうぞよろしくお願いいたします」
シルヴィは、目上の相手に取る礼をとった。今、目の前に立ち塞がっている女性は、明らかに身分が高いと思ったのだ。
後宮に入った段階で、身分も何もないのだが――王の寵愛の深さだの生家の権力だので、後宮内の権力が決まる。今目の前にいるのは、”アメリア”にとっては敵に回さない方がいい相手だとシルヴィは瞬時に判断した。
「……そう。わたくしは、エリーシア。第一側妃よ」
そんな名前、聞いたこともない――この国の後宮の情報は、外にはほとんど漏れてこないのだが。正妃以外の名前は、国外には知られていない。
「よろしくお願いいたします。側妃様」
「いいこと? わたくしが、第一側妃ですからね? 間違えないように」
「はい、第一側妃様」
なぜ、第一とこんなにも主張するのだろう。エリーシアは、シルヴィの顔をまじまじと見つめた。
「ふぅん、陛下は、最近はこういう娘が好みなのかしら」
「エリーシア様。この者は、メルコリーニ公爵が差し出してきたのです。陛下と縁を繋ぎたいのでしょう」
「……そう。仲良くしましょうね、アメリアさん?」
「は、はい。光栄でございます」
”シルヴィ”であれば、目線一つで黙らせるところだが、”アメリア”としてはそういうわけにもいかない。シルヴィはあいまいに微笑み、エリーシアの前でもう一度深く頭を下げた。
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