偏食なドラゴン

 翌日、エドガーが農場にやってきた時には、シルヴィはドラゴン相手に苦戦中だった。


「おはようシルヴィ――って、お前、何やってるんだ?」

「この子が何も食べなくて。餌を食べないんじゃ身体がもたないでしょ」


 いつも食事をしているキッチンのテーブル。ドラゴンはそこに乗って身体を丸めている。

 こちらへと歩いてきたエドガーは、ひょいとドラゴンの首根っこを掴んで持ち上げた。


「ニュー! ギュー!」


 短い手足をばたばたと振り回して暴れるドラゴンに、エドガーが苦笑してテーブルの上に戻す。とてとてと走ったドラゴンは、シルヴィの側に来て身体を丸めた。


「というか、なんでこいつがここにいるんだよ。こいつ、ドライデンのところにいたやつだろ?」

「一応、昨日のうちにギルドには連れて行ったわよ。だけど、この子がギルド職員を全力で拒否したものだから、私が連れて帰るってことになったわけ」


 シルヴィは遠い目になった。

 昨日、ドライデン一行を片付けたあと。

 出てきたシルヴィを迎えたエドガーには、「証拠を探してくるだけとか言ってなかったか?」と突っ込まれたが、全力で聞かなかったことにした。

その場で、エドガーは城へ、シルヴィは冒険者ギルドへと別れた。

檻の中の魔物はすべて退治したから、ドラゴンはギルドに預けようと思ったのだ。家にドラゴンがいるだなんて、物騒でしかたない。

 野生に返すのはギルドに任せる予定だったのだが――ギルド職員に引き渡そうとしたドラゴンは断固拒否。シルヴィの脚にかじりついて離れなかった。


「そんなわけで、私が預かることになったのよ。ギルド職員いわく、私を友として認めてるんじゃないかって」

「なるほど。自分を助けてくれたシルヴィに恩返しをするまで、離れないというわけだな」

「そんな感じ。ただ、何を食べさせたらいいのかまったくわからないのよね……」


 ドラゴンの前に置かれている皿には、パン、鶏肉、牛肉、豚肉、牛乳、それからヤギの肉や羊の肉も並んでいる。

 だが、全部拒否されてしまった。ドラゴンは皿には見向きもせず、ぷいと顔を背けてしまった。


「ドライデンはなんて言ってるんだ? 元の飼い主に聞いた方が早いだろ」

「あきれたことに、つかまえてから一度も食事を与えてないんですって。多少元気ない方が躾けやすいからって……やっぱり、もういっちょぶん殴っとくべきだったかしら」


 公爵令嬢とは思えない台詞を履きながら、シルヴィは食料保管庫の方に向かう。あとは、鮭とマグロがあったはずだ。次は魚を試してみよう。


「ひょっとしたら、肉じゃなくて、魚の方がいいのか、それとも火を通さないとだめなのかも――わっ、わわっ」


 食料保管庫の扉を開けたシルヴィの脇を素早くすり抜け、ドラゴンが中に飛び込む。


「うそぉ……!」


 思わずシルヴィは漏らした。S級冒険者となって以来、遅れをとったことなんてなかったのに。

 さすがドラゴンと言うべきなんだろうか。


「ちょ、ま、待ちなさい! 食料保管庫の中をあさるんじゃないの!」


 ドラゴンの首根っこをひっつかみ、ぶらりと持ち上げる。しっかりと抱え込んでいたそれを見て、シルヴィは目を見開いた。


「あら、まぁ……あなた草食なの? ドラゴンだから肉食だと思ってたけど」


 ドラゴンが絶対に離さないという勢いで抱えているのは林檎だった。アップルパイを作ろうと思って買ってきたものだ。


「バナナは? オレンジは? 桃も、キウイもあるけど?」


 床の上にドラゴンを下ろし、食料保管庫にある果物を次から次へと差し出してみる。いずれもドラゴンは顔をそむけたままだった。


「林檎しか食べないって、偏食にもほどがあるんじゃないの?」


 また、ドラゴンはぷいっと顔をそむけた。こちらの言うことはしっかりと伝わっているようだ。


「まあ、いいけど。じゃあ、この林檎もお食べ」


 皿の上にいくつかの林檎を盛り合わせると、ドラゴンが手を伸ばす。すると短い前足が動いて、ぺしっと一番上に乗せた林檎を弾き飛ばした。


「ちょっと、食べ物を粗末にするんじゃありません! こら!」


 床の上に皿を置き、落ちたリンゴを載せようとすると、またぺしっとはじかれる。眉間に皺をよせ、考え込んだシルヴィは目を丸くした。


「は? あなたダンジョン産のリンゴしか食べないの? なんなの、それって贅沢過ぎ! 偏食なだけじゃなくて贅沢だなんて!」

「そこまでにしておいてやれよ」


 ふと視線を感じて顔を上げれば、食料保管庫の入り口から、エドガーがにやにやとしながらこちらを見ている。


「ドラゴンに偏食って言ってもしかたないだろ。食べられるものが限られてるのはそいつのせいじゃない」

「そうだけど……」


 はっきりいって、ダンジョン産のリンゴというのは、入手するのが面倒くさい。市場に並ぶ時、だいたい十倍近い差が出るのだ。

 というのも、林檎が産出するダンジョンはさほど多くない。普通の林檎はともかく、ダンジョン産の林檎は、超高級食材なのである。


「だいたいお前なら、ダンジョン産の林檎くらい、荷車一台分買っても懐は痛まないだろ」

「それはそうだけど……まさか、こういう形で食費がかさむことになるとは思ってなかったわよ……。まあいいわ。とりあえず、食べる物がわかったんだから、それを入手する努力はしないとね」


 ウルディまで買い出しに行ったとして、ダンジョン産の林檎が毎回入荷しているとは限らない。

 保管庫に入れておけば悪くなることはないから、手に入る時にできるだけたくさん入手した方がいいだろう。


「……っていうか、冒険者ギルドに餌代請求してもいいんじゃないの?」

「意外とけち臭いな!」

「独り身ですからね! 何があるかわからないですからね! 無駄遣いはできませんからね!」


 いざとなったら公爵家が助けてくれるが、"シルヴィ"として生きている以上、必要以上に実家には頼りたくない。いくらしばしば実家に帰って夕食を家族といっしょにとっていたとしても、だ。


「そのドラゴン、名前はつけないのか?」

「いろいろ考えてはいるだけど、いまいちピンとこないのよねぇ」


 エドガーが来る前の間に、シルヴィも名前をつけようとしてみたのだ。ドラゴンだから、ドラッキーと呼んでみたら、ぺしんと前足ではたかれた。安直すぎて気に入らなかったらしい。

 いくつもの名前をあげてみたものの、どれも本人――というか本ドラゴン――に却下をくらったのである。


「神話とか物語からとってみたらどうだ? もうちょっと格好いいのが欲しいんだろ、きっと」


 エドガーの言葉に、「キュイッ」とドラゴンが鳴く。ころころまるまるとしているくせに、格好いい名前を欲しがるなんて。


(……神話とか、物語……ねぇ……)



「ギュニオンとか、どうだ?」


 エドガーがドラゴンを見ながら、口にする。


「ギュニオンって古代の英雄の名前じゃないの」


 シルヴィ達が通っていた聖エイディーネ学園。名前のもととなったエイディーネは、創世神話に関わる女神の名前だ。

 そして、ギュニオンとは、エイディーネの助けを借りて悪の魔王を討ち取った英雄の名前だ。子供向けの絵本にも、彼の功績は書かれている。


「悪くないだろ?」

「……君は、どう思っているのかな? ギュニオンでいい?」


 ドラゴンの目を見ながら問いかける。


「ギュイッ!」


 ピンッと高く尾が上がる。今まで気に入らなかった時は、前足でぺしっとやられていたから、気に入ったということなのだろう。


(……本当に、わがままなんだから……!)


 ギルドに頼まれるままに預かったけれど、本当にこれでいいんだろうか。心の中で、シルヴィはため息をついたのだった。

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