偽物があらわれた
シルヴィの生活は、公爵家を出てから非常にのんびりとしたものだった。
朝起きて、畑の世話をして、空いた時間にはのんびり読書をしたり、お菓子を焼いたり。なにせ、シルヴィの農場は、極力人の手を使わずに運営できるようになっているので、シルヴィのやるべきことはほとんどない。
今日も家に近いところに植えたハーブを収穫し、一部をいつでもフレッシュハーブが使えるように保管庫に収納。残った分は、ドライハーブにするための処置をしたら仕事は終了だ。
用事がなければエドガーはここで持ち出した仕事をしている。
(……本当、クリストファー殿下とは違うわよね)
部屋の入口のところに立って、仕事にいそしんでいるエドガーを見ると、彼の表情は真剣そのもの。真摯な彼の表情に、胸がきゅっと締め付けられたような気がした。
こんな感情、シルヴィは知らない。
言葉にできない感情を、どう説明したらいいものやら。
じっと立っているシルヴィに気づいたらしく、エドガーが顔を上げる。
「どうした?」
彼が動いたことで、空気が変わった。肩をすくめ、軽い口調でシルヴィは問いかける。
「邪魔だった? アップルパイが食べたくなったんだけど、林檎を切らしてて。ウルディまで材料を買いに行ってこようと思っているの。焼き立てがあったら、買ってもいいし。ついてくる?」
「そうだな、一緒に行く。ちょうど、俺も腹が空いた」
言葉の通り、ちょうどきりのいいところだったのだろう。シルヴィの渡した”ナンデモハイール”に中身をぽいぽいと放り込み、ぴちっと口を閉めて立ち上がる。
(なんだか、調子が狂うなあ)
最初の頃、シルヴィにくってかかってきたエドガーの態度は、ずいぶん変わったようだ。こちらに向ける表情が、以前より柔らかくなってきているし、態度も落ち着いている。
(餌付け成功……?)
餌付けをするつもりはなかったのだが、自分一人で食事にするのはなんだかなあという理由でエドガーにも出していたら、彼がこちらに来ている時は、一緒に食事をするのが習慣になってしまった。作る手間は一人分も二人分も変わらないし、食費は慰謝料に上乗せするのでいいのだが。
ウルディまでは歩いて十五分程度。気分のいい散歩だ。
「……最近はアミュレットは作ってないのか?」
「あまり数を出さないようにしているの。アミュレットとしての効果のないアクセサリーは作ってるわよ」
アミュレットとして作っているものと、普通のアクセサリーとはデザインから変えている。希少価値を落とさないよう、アミュレットはある程度数を絞っているのだ。
市街地に近づくにつれ、どんどん人の往来が増えていく。雑貨屋まであともう少しというところだった。
「シルヴィ! ちょっと待って!」
「どうしたの?」
声をかけてきたのは、以前からの友人だ。彼女はカフェで働いていて、ウルディの市街地に来た時、彼女の働く店で食事をして帰ることもある。
「ねえ、これ見て。これ、本当にシルヴィが作ったの?」
「私が作ったピアスに似てるけど……」
彼女の差し出したピアスに、シルヴィの目が落ち、すぐに顔をしかめた。
「なにこれ、ヒドイ。違うわね。私の作品じゃないわ」
デザインはよく似ているから、たぶん素人には同じように見えるはずだ。銀の台座に魔石をはめ込み、台座には彫刻が施されている。
けれど、シルヴィの目には、粗悪な銀が使われていることが明らかだった。魔力がこめられているのもわかるが、効果はなさそうだ。
彫刻だって、手抜き。右と左のバランスが悪い。
「これ、ものすごく安いのよ。シルヴィの作った物と見た目じゃわからないわよね」
安かったから、つい買ったのだけれど――と友人は言う。
シルヴィの作ったものをつけている時は、店の客からのチップをたくさんもらえるのだが、これをつけている時はその額ががくっと下がるらしい。
それで本当にシルヴィが作ったものかどうか怪しく思い始めたそうだ。
”魅了”のおかげで、そんな効果まであるとは思っていなかった。
「え? これのどこが似てるっていうの?」
思わずシルヴィは目を剥いた。こんな粗雑なアクセサリーと一緒にしてほしくない。アミュレットとしての機能を持たせていないものだって、一個一個、丁寧に作っている。
「俺の目にも同じに見えるぞ?」
「……やめてよね、エドガー」
エドガーの目にも同じに見えているのか。これだから素人は困る。
(……あんなに手間暇かけて作ってるのに……!)
その場で足を踏み鳴らしたい衝動にかられるが、そんなことをしている場合じゃない。
「――どこの店?」
「いつもあなたが、商品を卸しているのとは違う店よ。グルーナ通りに新しくできた店」
「――やってくれるじゃないの」
シルヴィの作ったアクセサリーとそっくりのものを出してくるなんて。ふざけているのだろうか。胸の奥から、形容しがたい感情が沸き起こってくる。
「落ち着け、シルヴィ」
「……落ち着いてるわよ、私は」
いきなり身をひるがえして走り出そうとしたシルヴィを、エドガーは肩を掴んで引き留めた。十分落ち着いていると思うのに、そう言われるということは、よほど怒った表情をしているのだろうか。
「……本当か?」
「そういう目で見るのはやめてほしいわね!」
たぶん、少しばかり頭に血が上っていた。大きく深呼吸。それで落ち着きを取り戻す。
(……頭に血が上っただけ、よね……?)
ここまでかっとなりやすい性質だと思ったことはなかったが、自分の作品を粗末に扱われたとなると違う感情が芽生えてくるようだ。
「ありがとう、エドガー。落ち着いた――たしかにかっとなったかも」
「まずはどうする?」
「グルーナー通りの店に乗り込んでやろうかと思ったけどやめた。たぶん、売ってるだけだと思うのよね。作ってる人を探さないと――その前に納品先に行って話を聞いてみる」
いつもの雑貨屋に入ると、店主も困った表情をしていた。
「すまないね。君に話をした方がいいのだろうと思っていたが……」
「たしかに、私が作るのは激安ではないものね」
シルヴィが自分で作っているのだから、中に込められた魔術含め、品質はしっかり保証できる。その分、値段が張ってしまうから、高いと思う人がいてもしかたない。
「ごめんね。私の方で調べてみる。しばらく、普通のアクセサリーだけ納品するわね」
(類似品が出回るとは思っていたけど……あそこまで悪質だとは思ってなかったわよ)
友人に見せてもらったピアスは、非常に出来が悪かった。
魔力がこめられてはいるが、効果はない。
あれをシルヴィが作ったものと同等の効果があるなんて言われると腹が立つ。
「そうしてくれ。効果がなくても、シルヴィの作る商品は、売れるんだ。石が上質だからね」
「そりゃ、ダンジョンで採ってきてるものね……」
鉱山で産出される石も、ダンジョンの魔物が落とす魔石も両方宝石であるが、一般的にダンジョン産の石の方が高品質である。その理由は不明だが、一説には、魔物の体内にある間に不純物が吸収されるからではないかと言われている。
ついでなので、次に納品する品について軽く打ち合わせをしてから店の外に出る。その間、エドガーはおとなしく側にいた。
「――お腹空いた」
そもそも、アップルパイの材料を買いたくて出てきたはずなのに、なんでこんなことになっているんだろう。
(……とりあえず、落ち着かないと)
シルヴィはエドガーの方を振り返った。
「アップルパイを食べに行こうと思うの」
「わかった。付き合う」
先ほどの彼女の店にアップルパイを食べに行こう。甘いものを食べれば、頭が回転するはずだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます