彼女がメガネをはずしたら(2)
「何がですか?」
しれっと渉の方を向いてとぼける。
「さっき、突き指してましたよね?」
「してないです」
「してましたよね」
さっと右手を後ろに回した茅子の動作に確信を持った渉は、強気に突っ込む。じいっと重い前髪と厚いレンズのメガネに隠れた顔を見つめる。
すると茅子は頬に汗を浮かべてみるみるうちに真っ赤になった。しまった。知らんふりするべきだった。要するに恥ずかしがっているらしい茅子の様子を見て渉は後悔したけれど、アクションしてしまった以上仕方がない。
「痛いっすか?」
「痛いです」
「冷やさなきゃダメっすよ」
渉は流しに洗い桶が置いてあるのを見つけ、その中に製氷庫から氷をぶちまけた。蛇口の下に戻して水を出す。
「ほら、手を入れてください」
真っ赤な顔で右手を押えている茅子の肩を押して氷水の中に手を突っ込ませる。冷たさに茅子はびくりと肩を跳ね上げた。
「これで痛みもひきますから」
「あの……」
そのままの態勢で見上げられて、渉はあまりに近い位置に茅子の顔があることに気づいた。メガネの厚いレンズの向こうで瞳が細まっている。
「なんで敬語なんですか? わたしが年上なわけでもないのに」
「でも社歴はずっと長いっすよね。先輩ですから」
「関係ないですよ! 大卒の営業さんに敬語を使われるなんて滅相もない」
なんじゃ、そりゃ。渉は呆気に取られる。その間に茅子が腕を引こうとしたから慌てて止めた。
「まだしばらくそのまま冷やしてないとダメっすよ」
「会議室の片づけをしないと」
「それくらい俺がやっときます」
「駄目ですよ!」
茅子はまたピシャッと声をあげる。
「営業さんにそんな雑用をやってもらうわけにはいきません」
「ねえ。さっきから何なの? それ」
思わずタメ口になって渉は顔をしかめた。
「大卒とか、営業職とかで人を差別するの? 男子厨房に入るべからずみたいな? すっげえ時代錯誤」
眉根を寄せていた茅子の顔がきょとんとなる。それからまた真っ赤になって茅子は俯いてしまった。
しまった。きつい言い方になってしまった。渉は内心でため息をつく。
「湯呑み、片づけてきます」
脇に立てかけてあったお盆を持ってそそくさと給湯室を出る。会議室に向かいながら渉はまた内心で首を傾げる。
当たらず触らずが得意な自分なのに、やけにキツイ言い方をしてしまった。茅子とまともに話すのはこれが初めてだというのに。
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