誰が為のおしゃれか(4)

 今まさに電話を切ったという態の清水が係長に報告する。渉を含め居室にいた全員が気を取られている間に、清水は印刷会社に電話をかけて交渉していたらしい。彼の抜かりのなさに渉は内心で舌を巻く。


「だそうだ。おまえらふたり、連帯責任でせっせとシール貼れよ。居残りで」

 話を終わりにするときのこの人の癖で、係長はぱんぱんと手を打った。まだ立ち竦んだままの遠藤と小永井を残してすーっと窓際の自分の席に行ってしまう。それで周りの社員たちもほっと緊張を解いて、叱られたふたりを慰め始めたりする。


 しらーっとトーンダウンした係長の表情を見て、先ほどの怒り方は演技だったのではないかと渉は勘ぐる。清水がささっと立ち回ることも織り込み済みで、この頃営業担当と事務の女性社員たちの間でホウレンソウがうまくいっていないことを案じて、その中心人物であるらしいふたりをさらしものにして必要以上に怒って見せたのでは。


 その当のふたりはお互いを見ようともせず自分の席へと戻った。




 数時間後、オフィスに届いた訂正シールをA4サイズのチラシの該当箇所に貼り付ける作業を、渉と遠藤と小永井と茅子が黙々とこなしていた。終業時間はとっくにすぎている。係長が退社する際、遠藤と小永井を手伝うふたりをちらりと見たが、何も言われはしなかった。


 幅一センチ、長さ六センチほどのシールをちまちま台紙から剥がしては、曲がって見えないように気をつけながら貼り付けていく渉を含む三人。一方で茅子は訂正シールを縦に一列ずつ切り分けると、台紙の端をシールの先が少し出るようにぐいっと折り曲げ、それをスタンドのように置いて一枚一枚を剥がしやすいようにしたうえで、手早くチラシに貼り付けていく。

「わ、そうすればいいんだあ」

 感心した声をあげた小永井は素直に茅子のやりかたを真似しだす。それを見て渉も見習うことにした。


 ちなみに、営業担当たちのデスクの島の中で、渉の席の隣が遠藤。その背後の島が営業事務の女性たちのデスクで、遠藤の真後ろが茅子、その隣で渉の後ろが小永井という座席配置になっている。この四人がそれぞれのデスクでちまちま内職しているわけである。


 無言で作業するのに耐えられなくなったのか、早々に遠藤がため息を吐いて腕を頭上に伸ばした。

「あーあ、やってられっかよ」

 席を立って廊下へと出ていく。遠藤がだらけた態度を取るのはいつものことだし渉は気にしなかったが、小永井はムッとした様子で一瞬遠藤の背中を睨み上げた。

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