月に濡れたふたり(9)

 それでもずるずる続いていた関係は、彼のUターン就職が決まるとバッサリ切断された。

 私のものは捨てていいから。そうメッセージが届き、面倒だなあ引っ越しの片づけをするまで放置でもいいよなあと考えつつも、そう言われたのだからと部屋に残された歯ブラシやヘアゴムや化粧品なんかをゴミ袋に入れて回った。


 そんなふうに、相手の要望に応じるだけの付き合い方しかしなかったから卒業というきっかけで断ち切られたのだ。それだけの気持ちしかカノジョたちに対して持てなかった自分が良くなかったのかもしれない。高校時代からの恋人を大切にして遠距離恋愛を乗り切った望月とは根本から違うのではないか。


 ――その程度ってことか。

 だから俊に言われて揺らいだ。情けない。





 親密な関係になっても茅子の職場での態度は変わらなかった。今まで通り渉のことを「高山さん」と呼ぶ。


『わざとらしかったですか?』

「んーどうだろう」

『今までと同じ通りにって緊張しちゃって』

「知られたくない?」

『そんなんじゃないです』

「うん。わかってる」

『わたし動揺しやすいから。間違えたらいけないから。なるべく今まで通りにって』

「わかってる」

『だから渉さんが外回りで良かったなって思って』

「いない方がいいってこと? ひどくない?」

『だって、ずっと居室で一緒にいたら心臓が持ちません』

 電話の向こうで彼女が困った顔をしているのが目に浮かんだ。


 だがしかしどうせ蓮見さんにはすぐ突っ込まれるのだろうなと予想していたのに、お局様より先に清水から呼び出しを受けた。


「付き合ってるの?」

 いつもの焼鳥屋でふたりで冷酒をちびちびやりながら。ごまかす理由は何もないので渉は肯定する。

「おまえの方が年が近いし話しやすいんだろうな。打ち解けるのも早かったもんな」

「そうなんすか」

「敗因はそれだけだ」

「俺もそう思います」

 ふっと微笑って清水は頬杖をついて壁の御品書きの方を見る。


 案外、この人も実はナイーブなのではないだろうか。渉は不意に思った。鋭く敏いから誰よりも感じやすい。だから優秀なのじゃないかと。


「目敏いくせに気づかないんだもんな」

「え?」

「カヤコチャン、おまえの方ばかり見てた」

 そう言う清水は相変わらず壁の方を向いたままだ。

「メガネを換えたくらいから。高山のことをよく見てたぞ」

「…………」

「それがまったく見向きもしなくなるんだもんな。出来上がったんだなってそりゃ思うよ」

 吹き出した清水は面白そうに渉を見た。

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