月に濡れたふたり(8)
「あのね、それはちゃんとお話ししたよ。わたし結婚はしないから。でも渉さんのことが好きだし、渉さんもそう言ってくれたし、だからお付き合いしたいのだけど、ダメかなあ?」
「…………」
俊は毒気を抜かれた顔でぽかんと姉を見つめ、次いで渉の方も見た。
渉にできたことといえば、お姉さんとお付き合いさせてくださいと懇切丁寧に頭を下げることだけだった。
「なんかさ。いいのかな、あれで。オレが言うのもおかしいけど」
自宅に帰るために駅に向かう渉にくっついて歩きながら俊は腑に落ちない顔つきだ。飲み物を買いに行くついでに見送ってやるとついてこられ何を言われるのかと思えば。
「かやこはあんなふうに考えてたんだな」
なし崩しに茅子と渉の交際を許してくれた俊だったが、ちょっとした条件も付けられてしまった。茅子の部屋で会うのは週末の夜だけ、翌朝には俊が来て追い出すと。
そのときには厳しい眼つきをしていたくせに、今隣を歩いている俊は心許ない表情だ。
「あんたはどう考えてんだよ、ケッコン」
「正直、わからない」
率直な問いに、渉も率直に答えることにする。
「俺、社会人一年目でさ、いっぱいいっぱいなんだ。昨日もそれで落ち込んで。でも仲良いヤツの結婚話を聞いて、触発されて、少し考えてみたりもしたけど現実的じゃなくて」
茅子の心構えに比べたら。
「でも茅子ちゃんと結婚できたらいいだろうなって、思ったのは本当」
「その程度ってことか」
いつもの調子を取り戻して俊は鼻で笑った。
「それならいいよ。オレが就職する頃にはどうせ、別れてるだろ」
ひんやりと、首筋に刃物を押しあてられたような心地がした。
「なんだよ? そういうことだろ」
瞳を眇める俊に、情けないことに渉は何も言い返せなかった。
高校二年で望月の彼女のかおるに紹介されて付き合った同級生とは卒業式に別れた。やけにカノジョが盛り上がって「お別れだね」なんて目をうるうるさせながら言うから、渉もなんとなく盛り上がって桜の木の下でキスをした。口と口をぶつけ合っただけのムードもへったくれもないキスだったけど。
大学時代に名古屋で付き合っていたカノジョは岐阜から通学していた同じ学部の学生で、カラダの関係になると渉の下宿の部屋にお泊りセットを常在させて居着くようになった。キャンパス内でも腕を絡ませてくるカノジョに束縛が強いかなと感じはしたけど彼も行為に夢中だったから迷惑だとは思わなかった。
しかして、そういう濃密な関係は長続きはしない。カノジョの足が彼の部屋から遠のくと、渉の方も男同士で遊び歩く方が気を使わなくて楽しいなどと思い始めた。
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