月に濡れたふたり(10)

「あの子は苦労人だから」

「……はい」

「ただ苦労してるって意味じゃなくて。苦労を糧にできる子なんだ。だから、おんぶに抱っこの状態なんか望まない。ただ手を引っ張られるんじゃなくて、同じペースで歩く相手が合ってるんだ。おまえとなら歩幅が合うんだろうな」


 そうなのだろうか。そんなふうに茅子が選んでくれたのだとしたら、自分だってしっかり見据えなければならない。彼女と同じ目線で、彼女が怯えているものを。

 渉はそんなふうに考えた。





 事前の告知通り、土曜の朝に茅子の部屋から俊に追い出されるということが二週続いたが、三週目にはクリスマスの準備を手伝うなら居てもいいと申し渡された。

 それで茅子の部屋の小さなちゃぶ台でちまちまとフラワーペーパーを作らされた。茅子は窓際に座ってフェルトでオーナメントを縫っている。手つきがいかにも危なげで「いたっ」と声があがるたび渉も指先がむずむずしてしまう。


 俊にぎゃいぎゃい駄目出しされながら昼食に魚肉ソーセージチャーハンを作ると、茅子はすごいすごいと手を叩いて喜んでくれた。美味しいです、という感想はなかったが。

 翌週には対抗心を燃やしたらしい俊が横浜中華街で超有名な某料理店風のあんかけ焼きそばを作ってくれて、これは文句なしに美味しかった。


 そして午後には完成した分の飾りを持って〈ひまわり〉に向かい、食堂や一階の廊下から飾りつけをしていく。徐々に賑やかになっていく様は大人が見ても気分を浮き立たせる。


「クリスマスの前にもっと肝心なイベントがあるんだけどな」

 脚立の上で俊がぼやいた。

「何があるの?」

 輪飾りとペーパーフラワーを持って俊に手渡しながら渉は突っ込んで尋ねてみる。俊は唇を尖らせてぼそっと言った。

「かやこの誕生日」


 どうしてそんなに彼が不機嫌そうなのかわからない。渉が眉をひそめていると俊は話を続けた。

「あいつ、祝わせてくれないんだ。ケーキくらい買ってきてやるって言うのに、何もしなくていい、しつこいってキレられたことあってさ」

「茅子ちゃんが?」

「そ。あいつヘンに意固地になることがあるからさ。だからあんたも色気出して誕生日にプレゼントを、なんて考えない方がいいぜ。地雷だから」


 本当に? 誕生日に祝ってもらうのが嬉しくないなんてあるんだろうか。半信半疑で考えた、そのとき。なぜか思い出した。

 ――大事なときのために取っておきたい贅沢って?

 ――内緒です。

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