最終話

ぼくの可愛い人だから(1)

 すっかり定着した感のあるハロウィン当日がすぎると、例年通り街はクリスマス一色に変わった。この変わり身の早さは誰かに脅迫でもされているからなのだろうか。不思議だ。


 ある夜、父親がソファに広げっぱなしにした新聞の記事が目についた。当の父親は風呂に行ってしまったようだ。わたるは座って新聞を手に取った。

 パラレルキャリア。本業の仕事とは別に、本業の仕事と同等に、趣味の活動やスキルアップを経ての起業、あるいは社会貢献活動などで複数のキャリアを築こうという考えだ。

 こうした社外活動に時間と労力を費やすことで、選択の幅が広がり本業でプレッシャーに追われることもなく、見識も広がって自身の成長に繋がるという。


「あのさ」

 渉は三ケ日みかんを食べながらクイズ番組を見ている母親に話しかける。

「俺、趣味で溶接やろうかなって思うんだけど」

 口に入れたみかんを呑み込むまでたっぷりと沈黙してから、母親は口を開いた。

「お父さん、職業訓練校の先生をやらないかって誘われてるんだ」

「マジで」

「今すぐにじゃないけど。でも、人に教えるのが苦手だろ。あんたが生徒の練習台になればいい」

「そうだね」

 苦笑いして渉はもうひとつ尋ねた。


「俺がさ、身寄りのない女の子と結婚したいって言ったら、どうする?」

 じとっと渉の顔を見ながら母親はみかんを口に入れる。沈黙の後でようやく返事をする。

「別にどうもしないよ。むしろ面倒が少なくていいかもね。気が楽だ」

「子どもができたら頼ることも多いかも」

「そりゃ、子守りぐらいしてやるけど。ほんとに見てるだけだよ。子どもを育てるのは親の役目なんだから」

「……そうだよね」

 愛想がなく愛情表現は苦手なようだが、渉も真美もひねくれずに育ったのは、間違いなくこの両親のおかげだ。改めて渉は思った。





 一度はコンプレインを食らった相手だったが、渉が臆さず商談に通っていると、そのうちやたらと頼られるようになった。

 新設の製造ラインを設ける為、機械の導入はもちろん工場内の床上工事やレイアウトの変更もこの際大々的にやってしまいたいという。

 設備改修に伴う資金繰りや補助金の申請、税金や保険関係まで「管轄外だ!」ということまで質問されたが、自分も勉強になるならと細々と調べて資料を届けた。

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