ぼくの可愛い人だから(2)
努力が評価されてかどうかは定かでないが、予想以上の金額の契約書に快くサインをしてもらえ、渉自身驚いたし、規模が規模だからとチームリーダーとしてサポートしてくれた川村も狂喜乱舞していた。
これからもあの社長に顎で使われるのだろうな、と戦々恐々とならないでもなかったが。
そんなこんなで既に気忙しい日々はすぎて気がつけば日付は師走を迎える二週間前。渉は計画通りに茅子に切り出した。
「明日は定時で帰れそうだからさ、デートしよう」
『明日ですか? 大丈夫ですか?』
「うん。お疲れ様会やりたい気分だし」
『そうですよね。わかりました。わたしも定時で終われるよう頑張ります』
明日という日を特に意識してなさそうな茅子の声音に渉も余計な気を高ぶらせないよう気をつけた。
翌日の夕方、昼の時間が短くなりもう明かりの灯っている街路を日の落ちた方向へと向かった。
「どこに行くんですか?」
「内緒」
漂い始めた夜気は寒さを伴う。手をつないでいる茅子の手はとても暖かい。
大通りを経てお堀端通りへ出れば、そこが城内への正面口だった。お堀を渡る橋の手前で、茅子がぐっと渉の手を握って引き留めた。
「お城に行くんですか?」
表情が硬い。渉の意図を悟ったのだろう。
「聞いたんですか? 園長先生から?」
「うん。聞いた」
正直に頷くと、茅子は口元を震わせて渉の手の中から自分の手を引き抜こうとした。渉はその手を固く握り直して放さない。
「俺じゃダメなの?」
「誰が駄目とか、そういうことじゃないんです」
「まだダメってこと? でもね、茅子ちゃん。その気になればできることはたくさんあるんだ」
ぴくっと茅子の指先が脈打つ。
「茅子ちゃん、言ってたよね。なかなか新しいことが始められない、気後れして新しい世界に飛び越めないって。失敗するのが怖いって。でも、あれから茅子ちゃんは頑張ってたよね。メガネや服装を換えたり、旅行に一緒に来てくれたり、遠藤のこと苦手だろうに街コンにも呼ばれて。どうして?」
「それは」
「俺がいたからって思うのは付け上がってる?」
「それはそうですけど」
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