ぼくの可愛い人だから(3)
「俺、責任とか軽く言っちゃってたのは認めるけど、でも気持ちは嘘じゃない。茅子ちゃんが好きだし、受け入れてもらったんなら、ずっと一緒にいたいと思う。大事なことをひとつでも共有したいと思う。だから茅子ちゃんの誕生日は俺にとっては大事な日だし、年に一度だけのこの日を見すごしたくないと思った」
「ずるいですよ。なんか」
「うん、自分でも屁理屈だなって思う。でも俺からしたら今じゃなきゃダメなんだ。今、乗り越えてほしいんだ。俺とふたりで」
茅子は眉を寄せて泣くのを堪えるような表情で渉から目を逸らせてお堀の水面に視線を注いでいた。
「……なんて」
渉はそっと握っていた茅子の手を放した。
「うっとうしく語ってはみたけどさ。俺わかってるんだ。茅子ちゃんはひとりでも乗り越えられるって」
トーンを明るくして渉は声をはった。茅子の目線が自分に向くのを避けて、今度は渉がお堀の方を見る。
そうだ、茅子なら。よく転ぶし、慣れるまで仕事は遅いし、人見知りですぐに挙動不審になるし、プレッシャーに弱いし。大体マジメすぎてもうちょっと肩の力抜けよって思うし、意外としっかりしてると思いきや押しに弱いし隙だらけだし大丈夫かってなるけど頑固で意固地だったりするし。そんな、愚直な彼女なら。
「俺なんかいなくても、幸せになれるんだろうなって」
わかっているけど、でも、どうせなら。
「今、俺の隣で笑ってほしいって思うのは俺の我儘でしかないんだ。だから……」
渉の手に、冷たくなってしまった茅子の指が触れる。
視線を戻すと、彼女は白黒の千鳥模様のマフラーに顎を埋めながらじとっと渉を見上げていた。
「どうしてそういうずるい言い方ばかりするんですか」
「ごめん」
「惚れた弱みですね」
ため息混じりにつぶやいて茅子は目を瞬かせた。街灯の明かりで瞳が膜を張って潤んで見えた。
すうっと息をつき、茅子は挑むような眼になって渉の手を引いた。
「行きましょう。わたしも、渉さんと行きたいです」
「どうしてもっと早く来てくれなかったの。ふたりのことが気になって気になって仕方なかったんだから」
先だって、密かに訪ねた渉に丸山園長はぷりぷり怒っていた。思わぬ反応に目を白黒させた渉を何もかも知っているから、という表情で見て、彼が用件を切り出す前に話を聞かせてくれた。
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