ぼくの可愛い人だから(4)

「ここからお城って近いでしょう。子どもたちのお散歩コースだし、お祭りだって毎年観に行くし、たまにお金を持たせて遊園地に行ったりするの。茅子さんとしゅんさんが居た頃もそうだった。ところが、茅子さんはどういうわけか城内に入るのを嫌がるの。俊さんは大丈夫なのに。嫌がるというより、足が動かなくなるって様子で。もしかしたら、前にお城で何かあったのかなって、茅子さんに聞き取りをしたの。そしたら、思い出すから嫌だって」


 両親が健在だった当時、茅子の誕生日には必ずお城に来ていたのだそうだ。そうして自由に遊ばせてくれた。鳩のエサを買ったり天守閣に登ったり、豆電車に何回も何回も乗ったり。


「話を聞いた感じ、茅子さんのご両親はとても経済観念がしっかりしてらして、必要のない出費に厳しかったようなの。だけど誕生日にだけは自由に遊ばせてもらえた。それが年に一度の贅沢で楽しみだったって」


 地元のたかだか小さな観光地でも、幼い茅子にとってはそこが夢の国だった。突然両親がいなくなり、彼女にとってそこが幸せな家庭の象徴にもなったのではないか。


「その場所に踏み込めなくなったことで、彼女はいろいろなものに鍵をかけてしまったんだと思うの。誕生日を祝ってもらいたくないっていうのもそのひとつね。祝ってもらうのならお城で、家族にって。でもそれは弟の俊さんではないのよ」

 丸山園長は澄んだ眼で期待を込めて渉を見つめた。

「それが茅子さんの譲れない願いであり、あきらめてしまっていることでもあるのね。完璧主義なだけに、あの子は、どうしてかそこには後ろ向きだから」

「……はい」


「それで、あなたはどうするの?」

「食い下がろうかなって」

 そうでなくちゃ、と丸山園長は嬉しそうに微笑んだ。

「ここだけの話、あなたが真美さんと訪問してくれる前から名前を聞いてたのよ。渉さんが渉さんがって。茅子さんからコイバナを聞く日が来るとはって感動だったんだから」

 密かに応援してる、そう言われて誰が応援してくれるよりも頼もしいと思えた。




 かつて、インドゾウがいることで知られた天守閣前にはゾウのウメ子はもういない。唯一残った動物であるニホンザルたちが厩舎の中で猿団子になって体を暖め合っていた。

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