ぼくの可愛い人だから(5)

 目を瞑って眠っているふうな大きなサルの隣で、それより体の小さなサルが首を傾げるように赤い顔を向けてこっちを見ているみたいな気がした。おまえら、こんな時間になにやってんの? わずかな街灯の明かりで煌めく黒い丸い瞳があきれているようにも見える。


 時刻は午後六時近く。トワイライトタイムはとっくにすぎて、あたりはただ薄暗く視界をぼんやりさせているだけだ。天守閣内部やミュージアムの観覧にはチケットが必要だが、城址公園自体は散策自由であるからまったく失念していた。

 こんな時間にやって来てもどの施設も営業を終えている。お目当てのひとつだったはずのこども遊園地も。


 彼女の誕生日に茅子をお城に連れていくこと、それだけに気を取られてリサーチを怠った自分を渉は呪う。そんな彼の隣で茅子は「可愛いですね」と猿団子に頬をほころばせていた。


 城内に入ろうとすると足が動かなくなる、丸山園長からそう聞いてはいたが、茅子はあっさりと歩を進めてこの本丸広場にたどり着いた。

 思ってたのと違う。釈然としない渉の内心をよそに茅子はくすくす笑い始めた。


「や、なんかごめん。ほんとカッコつかないよね」

「いえ、そうじゃなくて」

 口元に手をあて、茅子は声を潜めて言った。

「違うんです、本命はここではなくて別の場所なんです」

 ライトアップされて白壁を浮かび上がらせている天守閣を見上げ、茅子は向こうなんですと指差した。

 戸惑っている渉の腕を引っ張って裏口に回って城内を出る。


 高台のようになっている傾斜の石段を下りると、そこに古びた喫茶店のような店舗があった。果たして営業しているのかと判断ができないレベルの寂れっぷりだが、店内は明かりが灯っている。

 茅子は渉の手を引いて躊躇なく店の扉を開けた。昔ながらのドアベルが揺れて鈍い金属の音を響かせる。


 店内は、とにかく物が多いという印象だった。窓辺にはいかにもといったアールヌーボーランプが置いてある横に木彫りの置物が雑多に並んでいたり、もっと大きな民芸品のようなものが隅の暗がりに放置してある。水牛の角のようなものまであった。土産物コレクションみたいだ。

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