ぼくの可愛い人だから(6)
外から見て感じたよりは店内は奥に広く、テーブル席はお客でそこそこ埋まっていた。手前のテーブルが空いていたので渉と茅子はそこに座る。
マフラーをはずしながら茅子が遠慮がちに問いかけてきた。
「ここではいつもメニューは決まってるんです。それでいいですか?」
雰囲気に呑まれたまま渉が頷くと、ちょうど水の入ったグラスを持ってきた店員に茅子はマカロニグラタンをふたつ注文した。
グラスの水を飲んで少し落ち着いてから、茅子は目を伏せたまま口を開いた。
「お城で遊んだ後、いつもここでごはんを食べたんです」
「そっか」
「グラタンがとにかく美味しくて、わたしはここに来るのが特に楽しみだったんです」
「本命の贅沢ってマカロニグラタンのことなんだね」
「誕生日にだけ食べれることがとても特別で、ものすごく美化しちゃってたんだと思うのですけど」
なぜか力なく笑って茅子はくちびるを震わせた。どうしてそんなに不安そうなのかがわからない。
かける言葉を探しているうちに、グラタン皿の際がまだぐつぐついっている熱々のマカロニグラタンが運ばれてきた。あまりに良い匂いに腹が鳴った。
ふふ、と笑って茅子はスプーンを手に取った。
「いただきましょう」
「うん。いただきます」
フォークを入れてマカロニとしめじとベーコンを掘り起こすと、ほわほわといっそう湯気が立って顔の温度が上昇する気がした。熱々を口に入れればバターの香りが感動的なくらい嗅覚をくすぐり、そしてかつてなくホワイトソースが濃厚でとろけるようにクリーミィだった。よくよく見れば、いかにもこってりぽってりした薄茶色のソースにチーズもたっぷり載っている。
「美味いね!」
ごくごく単純に渉が賛美すると、まだ手を付けずに彼が先に味わうのを待っていたらしい茅子はぎこちなく笑った。
「そうですか?」
「うん。今まで食べた中でいちばん美味いグラタンだと思う。茅子ちゃんが特別って言うの、わかるよ」
ちょっと目を瞠ってから、茅子もゆっくりとスプーンを皿の真ん中に入れた。スプーンに三分の一ほどのほうれん草とソースをすくい上げて口に運ぶ。
「……ほんとだ。良かった、ちゃんと美味しい」
若干ひっかかるつぶやきを落としたかと思うと、もう一口頬張る。それからもう一口。
そしていったんスプーンを置いて、茅子はおもむろに泣き始めた。もちろん渉はぎょっとなる。
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