男はみんな狼なのよ?(8)

「どこに、どこにいたの」

「この上にいた。コーヒーショップの窓際の席」

「あの距離から見えたの」

「視力は2.0なんだよ」

 渉の手を振り払い、俊は店内のエスカレーターを上がっていく。もちろん渉も後を追った。


 箱根旅行の帰りに寄ったコーヒーショップ。その窓際のカウンターの椅子に清水が座っていた。ちょうど横顔が見えてすぐにわかった。その隣にセミロングの黒髪を肩にたらした小柄な姿。

「かやこっ」

 先に近づいた俊が名前を呼ぶ。小さな背中が跳ね上がる。


 振り返った茅子は、眼の端をほんのり赤くしていた。

「俊くん、どうしたの?」

「電話してんのに出ないからだろ。探したんだぞ」

「え……」

 あたふたと足元からいつもの黒い鞄を持ち上げて茅子は中を探る。

「ほんとだ。着信がいっぱい」

「おまえはいつもいつも」

「ごめんなさい。でも、どうしたの? 何かあったの?」


「それは」

 口ごもりながら俊は清水に目を向けてぺこりと会釈した。

「あ、これ。弟です。初めてですよね」

「うん、会ったことはなかったよ。初めまして」

 俊に微笑んでみせた清水は、その余裕の表情のまま渉の方を見た。

「何やってんの?」

 経緯をうすうす察していそうな顔つきだ。悔しい。


「え、高山さん?」

 目を丸くして茅子は体ごと渉を振り返る。メガネではなくコンタクトで、髪をおろした茅子は可愛かった。髪を結ばずにおろしているのを初めて見た。

 ハリのある素材のシンプルな紺色のワンピースを着ていて、飾り気のなさが清潔感を際立たせていて茅子にとても似合っていた。


「外階段の割れたとこ、こいつが直してくれたんだぞ」

「え、今日ですか? そうだったんですか」

 恥じ入るように頬を染め、膝の上に手を重ねて茅子はしゅんとうなだれてしまう。なぜか落ち込んでるみたいだ。


「靴擦れがひどくて休んでたんだよ、今」

 横から清水が取りなす。俊が茅子の足元にしゃがみこむ。

「うわ、痛いか? こんな慣れない靴で出かけるからだぞ」

 弟に正論でたしなめられて茅子はますます小さくなる。

「早く帰ろうぜ」

「うん。そうだね」

 こくっと頷いて茅子は清水にお礼を言って立ち上がった。足に白いミュールをひっかけてひょこひょこ歩き出す。


 茅子の鞄を持った俊に手を引かれ店を出たものの、吹き抜け回廊の手すりに寄って辛そうに立ち止まった。

「歩けない? やっぱり抱っこしようか」

 清水がさらッと言うから渉も俊もぎょっとした。

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