第四話

君を・もっと・知りたくて(1)

「高山くんて、わかりやすいオトコよねー」

 一般的に、オフィス内でいわゆるお局様の立場にある蓮見さんに言われてしまい、わたるは恐縮して首を竦める。

「やばいですか?」

「んー。当のカヤコチャンはアピールにまったく気づいてないみたいだし。私の目に付く程度ならね、別に。でも清水くんとのガチンコだけは避けてほしいなあ。まあ、私が心配しなくても清水くんの方で上手くいなすか。なんにしろ、ダメージがでかくなるのはあなたの方だろうから、ほどほどにね」


 戦況を正しく把握したうえでの的確な予想に、渉は素直に頷かざるを得ない。先日叱られた遠藤のように私情で仕事をおろそかにするわけにはいかないのだし。


 茅子に対しては、ゆっくりゆっくりと決めた。ならば、ライバルに出し抜かれることだけはなんとしても回避しなければならない。清水と茅子が仕事以外のコミュニケーションを取るのをなるべく阻止したい。


 なんてみみっちいんだろ、おれ。炎天下の街路に飛び出す前に、ペットボトルの水で水分補給しながら渉は自己嫌悪にひたる。そうは言っても、茅子をさらわれるわけにはいかないから、カッコ悪くなるのも致し方ない。渉は実利を取る男なのだ。


 オフィスが入っているビルの観音扉の分厚いガラス越しに、梅雨明けの苛烈な太陽光線がモンドリアン柄を簡素化したみたいな模様の歩道を白っぽく見せている。雨に濡れたときにはあのブロックは赤茶色に見えるのに。

 そんな日常の変化に渉が目を止めていると、観音扉の向こうを黒いものがよぎった。


 黒い日傘を閉じてから、扉を押して入ってきたのは茅子だ。顔を真っ赤にしてハンカチで鼻の頭を押えている。銀行か郵便局か、お使いの帰りなのだろう。業務用の黒いハンドポーチを持っている。

「これから外出ですか」

 ずれてしまったメガネを直しながら茅子は目を瞬いた。明るい日差しの下から屋内に入ったばかりで、視界が眩んでいるのに違いない。


 そんな彼女とゆっくり視線を合わせて、渉はなるべく明るく笑う。

「うん。外、暑そうだね」

「あっついですよ、やばいですよ。わたし焼き豚になるかと思いました」

「焼き豚って。ぜんぜん太ってないのに」

「日差しがそれだけやばいですよ。蓮見さんが日傘を貸してくれて助かりました」

「日傘、さすと違う?」

「ぜんぜん違います。光を遮ってくれるだけでぜんぜん。帽子と違って風も感じるし」

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