昼下がりの衝撃(8)
ちなみに、妹の真美は渉も通った高校の二年生。チアリーディング部の所属だがチアのユニフォームを着るのが嫌だと主張し、学ランを纏って応援団の方に参加している。まったく意味がわからない。今日もどこぞの部の応援に行っているようだった。
渉は腕を頭上に伸ばしながらテレビの前を通りすぎてリビングの窓辺に近寄る。
めいっぱい開け放した窓の内側で遮光カーテンが少しだけ揺れている。今日は曇り空で風もあまりないようだ。
「暑かったらエアコンつけてもいいよ」
「や、父さんが帰ってくるまで我慢する」
「そうかね。お昼はぶっかけうどんにしようか」
母親が食事のメニューを口にするときには既に決定事項であるから、渉は背中で聞き流す。
白い薄曇りの空をもういちど見上げながら茅子は何をしているだろうかと想像しようとしたけれど、やっぱりイメージが浮かばなかった。
「高山さん」
月曜日の午後、冷蔵機に入れておいた飲み物を取りに給湯室に入ったところで呼び止められた。俯ぎがちに、茅子が小さな包みを差し出している。
「これ、よかったら、おやつにどうぞ」
「あ、ありがとう」
予感がした。渉は茶色の紙袋の中を覗く。半透明のビニール袋の中に小さな丸いパンが入っていた。
「アンパン?」
「はい。守田の。蓮見さんたちにも配ったのですけど、男の人たちには全員分がなくて。だからあの、高山さんにだけなんで」
少し口ごもって茅子は珍しくせっかちに話す。
「そっか。ありがとう」
「あの、買ったの、一昨日なんです。だから早めに食べてくださいね」
「わかった」
渉は頷いてパンを取り出し、その場でむしゃむしゃ食べ始めた。
茅子はちょっと予想外だという表情で目を丸くしている。行儀が悪いのがばれてしまった。でもいいや。渉はごくんとパンを呑み込んでにかっと笑って見せた。
「うまいよね、ここのパン。ごちそうさま」
いえ、と目を伏せた茅子の顔が少し赤いような気がするのは、自惚れだろうか。
だけど、パンを渡す相手に自分を選んでくれたのだというのなら、期待しない方がおかしい。
焦るな、俺。飛び跳ねる自分の鼓動を宥めて渉は肝に銘じる。
いちど失敗してるんだ。だからもう焦らない。たとえ茅子に親しい男がいるようだとしても関係ない。知らないことだらけの彼女のことを、これから知って、たくさん知って。自分のことも、少しずつ知ってもらえればそれでいい。
新たに決意した、水無月の終わりだった。
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