昼下がりの衝撃(6)
戦国武将の像が佇むこちら側のロータリーは正面側に比べて閑散としている。弓道部らしい荷物を抱えた高校生が数人歩いていた。高校生グループとすれ違った茅子たちは、高架沿いの脇道へと入っていく。
更に路地を曲がり、また更に細い道へ進み、やがて住宅が並ぶ中の一軒のアパートの外階段をふたりは上った。二階建てで今風ではない、コーポと呼ぶのが正しいような建物で、掃き出し窓が上下に五枚ずつ並んでいた。
玄関は建物の向こう側らしく、茅子と青年の姿は見えなくなってしまう。渉の視界から消える瞬間、茅子の後ろを歩く青年が嬉しそうに笑っているのが見えた。
「…………」
蒸し暑さが少し不快ではあるが、それ以外はほのぼのとした休日の昼下がり。どこからともなく聞こえてきた廃品回収車のアナウンスで我に返るまで、渉は静かな住宅街の路地に突っ立ったままでいた。
渉は職場での茅子しか知らない。
営業事務の女性たちは基本オフィスでのデスクワークがメインで、電話対応はするが窓口業務はないから服装は自由だ。
いちばん古参の蓮見さんは毎日パンツルックを通しているし、小永井はガーリーなファッションが好みなようだが、ぐっとカジュアルな着こなしで出社してくることもある。
茅子は大抵が白いブラウスに紺色のスカートだ。ベストがないだけで事務服と変わらない色合いだ。
最近でこそ小永井にアドバイスされてイメチェンしたが、以前は重たげな前髪とメガネで小さな顔の半分近くを隠し、セミロングの黒髪をやぼったく後ろでひとつくくりにしていた。
極端に無口というわけではないけれど、黙々とパソコンに向かっていることが多い。そうと注意しなければ居ることさえわからない存在感のなさだった。
それでも、彼女の仕事の丁寧さや細やかさ、エースの清水が茅子を頼りにしていることなどが見えてきて、渉は彼女のことを気にするようになった。
しょっちゅうどこかにぶつかったり転んでいるのにドキドキして、茅子に仕事を頼むのに声をかけるときには少し緊張した。
いくらか親しくなって食事に行ったり――清水もいたが――もできたが、それでも渉は職場以外の茅子を知らない。
彼女が髪をおろすのを見たことはないし、きちんとしたオフィススタイル以外の、たとえばゆるっとしたTシャツやパジャマ姿の茅子を知らない。
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