小さな恋のメロディ(11)

 まだぴんとこない様子の真美に微笑んで、丸山園長は伏し目がちになった。

「もちろん、勇気が必要だし、ひとりひとり事情が異なりますから、どうしたいかは子どもたちに任せます」

「えーと、俊先輩はオープンにすることを選んだと」

「そうですね」

 にこりと笑って、丸山園長は傍らの麦茶のポットを持ち上げて三人分のグラスにお代わりを注いだ。


「いろいろな事情の子どもたちが養護施設にはいるってことですね」

「そうです、その通りです」

「親の虐待で保護されたりとか」

「ええ。それと経済的な理由や父母の放任であったり。俊さんのように死別のケースは少ないのです」

「親がいるのに?」

「すべての子どもにとって、親と一緒にいることが安全とは限りませんから。その観点から言えば、最悪の事態になる前に親が自ら子どもを手放すことが増えても良いと私は思っています。血縁ありきの子育てに縛られることはないのですし」

「でも、それって、子どもを捨てるみたいじゃないですか?」

「子どもと自分を守るために、助けを求める勇気も必要だと思うのですよ」


 真美はまったく呑み込めていない表情でノートに目を落とし、気を取り直すように質問を変えた。

「園長さんが今いちばん困っていることはなんですか?」

「私が困っていることですか?」

 丸山さんに真顔で問い返され、真美は何かおかしかったのかときょとんとしている。思っていることがそのまま顔に出る奴なのだ。

「そうね。最近、白髪が増えたことかな。老けて見えるようになってしまって」

 ふふっと頬をほころばせて丸山園長は答え、すぐに真面目な顔つきに戻った。


「子どもたちの問題としては、やはり里親家庭が不足しているということ。日本の里親委託率は諸外国と比べて極端に低いです。そうした家庭養育率が低いことが原因とも考えられるのが、退所後の子どもたちの自立の難しさです。進学しても中退してしまうことや、就職後の離職率も高いのです。親はいても経済的に頼れず、社会で生きていくための情報や知恵を得る方法も知らない。NPO法人の活動で、自立支援のためのセミナーやプロジェクトが立ち上がっていますが、まだまだ現状は厳しい。子どもたちの成長に必要な自尊心と、生きるために必要なスキル、その両輪をすべての子どもが備えることができるよう、社会が変わらなくては、と感じます」

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