小さな恋のメロディ(12)
真美はまた難しい顔つきでシャーペンを握った手を口元にあてて考えている。沈黙の中、がらっと引き戸を開ける音が響いた。
「げ、ほんとにいる」
廊下側の扉から俊が顔を覗かせていた。
「なんで兄貴の方までいるの?」
「ダメでしたか?」
真美が手を口にあてたまま俊を見上げる。それに対してはうんともすんとも返事をせずに、俊は丸山園長に視線を向けた。
「勉強終わったから、外で遊ぶって」
「それなら、あなたは真美さんを案内してあげて。どうせ居るなら」
「めんどくせ」
「あら? 何か言った?」
「はい、喜んで!」
居酒屋の店員のような返答をして、俊は真美を手招きした。渉のことは完全無視だ。丸山園長も「真美さん」としか言わなかったから、渉としてもここを動く気はなかった。
「お願いします」
真美はぴょこんと立ち上がり、ノートとシャーペンを持って俊のそばへと寄った。
「えーと、じゃあ、まずは……」
引き戸が締まり、ふたりの声が遠ざかる。麦茶を飲んでから、さて、という風に丸山園長は渉の顔を見た。
「真美さんとお話している間、お兄さんは口を挟みませんでしたね」
「僕はただの付き添いですし」
「良いご家庭で育ったのでしょうね、おふたりは。真美さんはずっと腑に落ちない表情だったし、あなたはあなたで申し訳なさそうな顔をされてる」
フラットに指摘され、渉は思わず俯く。
「それが普通なのです。まっすぐに育った人の反応としては。ですけど、恵まれていることを後ろめたく感じるだなんて、おかしいでしょう? そういう心境になってしまう状況がある世の中がおかしいのだと私は思います」
「……そうですね」
素直に頷いたものの、じいっと見られているのがわかって渉の体は固くなる。
「なにか」
「お名前は、渉さんていうの?」
「はい」
丸山園長はひとりごとのように「なるほど」とつぶやいた。
「茅子さんは、自分は恵まれていると話したのではない?」
「……自分たちはラッキーだ、って」
しきりに頷いて、丸山園長は麦茶ポットから二人分のグラスに麦茶を注いだ。
「茅子さんと俊さんには支援を受ける際の障害もなかったし、茅子さんはなんの問題もなく自立できているし。モデルケースのような順調さね、良い見方をすれば。でもね、上の下、中の上、なんていうように、狭い中でも差があって、茅子さんが今のあなたのような顔をするときもある。それってどう思う?」
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