君を・もっと・知りたくて(5)

 遠藤のぼやきをいなしつつ、川村は右折のウィンカーを出した。龍宮殿前の交差点を直進せずに曲がってしまったから、渉も遠藤も驚く。

 水族館やショッピングモール、遊覧船のりばなどがあるリゾート施設箱根園の駐車場は、直進した先にある。現に渉の視線の先で、女性陣が乗ったスイフトは左折して駐車場の入り口へと入っていくところだった。


「別行動だよ」

 助手席から首を捻って清水が後輩ふたりに教えてくれたが。

「なんですか、それ。オレらはどこに行くんすか?」

 遠藤がぎゃあぎゃあ騒いでいる間に目的地に到着した。

「ほら、降りろ」

 そこは、箱根園ゴルフ練習場だった。

「ゴ、ゴルフっすかあ?」

「おまえら未経験者なんだろ。ぜったいやっておいた方がいいから」

 トランクからクラブケースを取り出して川村は遠藤の背中を叩いた。


「それにさ」

 隣から清水も微笑む。

「ここの景色は格別だから」

 それは車の中から見えたときから気になっていた。車道脇のフェンスを隔てて打ちっぱなしの打席が並んでいて、その向こうには箱根の山々と、すっきりと晴れた青空しか見えない。勾配がついていて打席の向こうは芝生なのだろうけど……。


 プレハブ小屋のカウンターで受付をすませ、販売機でボールを購入して打席へ向かう。眼下を見て、渉はぽかんと口を開けてしまう。

「絶景ですねー」

 遠藤に先を越されてしまった。そう、絶景の一言。


 コンクリートで均してある足元の先は急勾配の芝生の斜面で、はるか下方のネットの後ろは鬱蒼と木々が立ち並び、その樹上には山々に囲まれた芦ノ湖が煌めく紺碧の湖面を覗かせていた。遊覧船がのんびり進んでいく姿まで見える。

「な? すげえだろ」

 自分が得意顔になって川村が言う。


 打席でボールを打っている先客たちの服装は様々で、ひらひらした丈の長いスカートの女性までいるから、やっぱり観光客なのだろう。ここは景色が売りの立ちよりスポットというわけだ。

 大自然と一体となって、街中よりも近い位置に見える青空と眼下に見下ろす湖に向かって、思い切りボールを打つのだ。爽快じゃないわけがない。はずだったのだが。


「こらあ、へっぴり腰! もっと体重を前にかけろ!」

 無料貸し出しのクラブを手に取り、グローブは川村の私物を借りてスイングを始めたものの、へたっぴふたりはなかなか爽快というわけにいかない。

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