月に濡れたふたり(3)
とたんになんだか寂しい気持ちになって渉はスマートフォンを取り出した。いつもやりとりしている友人たちに愚痴のメッセージを送ろうかと考える。詳細を伝えなくても、仕事でムカつくことがあったとグループトークに上げれば励ましの言葉が送られてくる。飲みに行こうと誘ってくれる。今までは渉は言葉を送る側でしかなかっただけだ。
しばらくの間メッセージアプリの画面に目を落としていた渉だったが、自動ロックで光が消えたのをきっかけにそのままスマートフォンをしまった。
文明の利器の明かりが手元からなくなると影が差すほどの月光や夜気の香りや背後の街路樹の下草から聞こえてくる虫の音を感じた。長らく釣りに行っていないことを思い出す。日曜日に行かないかと父親を誘ってみようか。
缶をあおって残りのビールを飲み干す。勢いで立ち上がろうとしたものの、やっぱりまだ飲み下せないものがある。
はあっと後ろに手をついて背筋を伸ばしたとき、今度は密かに聞きたいと思っていた声がした。
「ほんとにいた……」
独り言ちながら茅子が渉の前に来た。
紺色のジャージのズボンにグレーのパーカー、足元は素足にスリッポンタイプのサンダル。家でくつろいでいたところを飛び出してきたといった格好だ。
「ダメですよ、夜はもう冷えるのに」
月の光が肩に下ろした茅子の髪を縁取っていた。
「俊くん?」
「ええ、まあ……。まさかと思ったら」
動こうとしない渉に眉を寄せた茅子はふっと息をついて隣に座った。
「ヤケ酒ですか」
「うん。カッコ悪いよね」
「あたりまえのことですよ。わたしだってよくやります」
「ほんとに?」
「ビールはミニ缶でないと飲みきれないので、家で飲むのはワインです。料理にも使えるし」
「おしゃれだね」
「おしゃれじゃなくて実用的なだけです」
足を延ばして浅くベンチに腰掛けた茅子はずっと月を見上げている。
「……高山さんは、なんでもできちゃう人だから、だから余計に今日みたいに自分ではどうにもできないことがショックなんでしょうね」
「俺、なんでもできるわけじゃないよ」
「少なくとも、わたしにできることは高山さんにだってできますよね。数値入力だって、実はわたしより速いし」
ちらっと渉を見返った茅子は口を尖らせていた。
「そんなこと」
「ありますよ。逆にわたしには溶接なんかできないし。……そういう人だから、わたしなんかと落ち込み方が違うんだろうなって思うんです」
「メンドクサイよね」
「そうなんですか?」
「なんか。呑み込めなくて」
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