第三話
昼下がりの衝撃(1)
社会人デビューしてぼちぼち三か月。挫折組の噂が耳に届くようになり、
渉と同じ営業職の友人の何人かは悩んでいるようだ。言われるまでもなく営業なんて仕事には向き不向きがあるし、業種にも合う合わないがあるだろうということはよくわかる。
渉の父親は溶接工だ。一人だけ弟子のような従業員を抱えて細々と小さな工場を営んでいる。住居から近かったので、渉は子どもの頃よく父の仕事を見に行った。
鉄が焦げる匂いと飛び散る火花。油臭い薄暗い作業場は渉にとってなじみが深く、飛び込み営業では、不慣れな遠藤が踏み入るのを戸惑うような場所にもお邪魔して工場主に会うことができた。付き合いのある関連会社の知識がある分、話もはずむ。
「へえ、高山さんの息子さんかあ」
腕のいい溶接工は年々減っているから、 どうしても人工でなければ、という加工過程を抱えている業者には父親の名前はけっこう知られている。狭い世界なのだ。
もちろん父の工場を継ぐことを考えはした。だけど父親は自ら反対した。
溶接工の仕事に将来性はない。今はロボット溶接が主流で、父親が受注しているような高度な技術が必要な作業ができるようになるには何年もかかる。そんなのじゃ渉は食べていけない。何より、渉の性格は外に出る仕事の方が向いている。まったく父親の言う通りだった。
「厳しい業界だからな、身体的にも」
金曜日の終業後、少し飲んでかないか、と誘われて清水とふたりで行きつけの焼鳥屋でねぎまをつまみにビールを飲んだ。
「うちの親父は旋盤工だよ。細々やってるのは同じだ。夫婦二人が食えればそれでいいって」
「いまどき旋盤だけで食えるのもすごくないですか?」
言ってしまってから失礼だったかと渉は目で謝る。清水は屈託なく笑ってジョッキをあおった。
「今はもうNC旋盤が主流だけど、小ロット生産の注文を付き合いの長いとこから継続してもらってるって感じな」
「うちもそんな感じっすよ」
つぶやきに近い調子で相槌を入れて、渉もぐびっと喉にビールを流し込む。
職人の子どもの自分たちが、プログラミングの知識があれば誰でも大量生産できるマシニングセンタを薦めて歩いているというのも、皮肉な話だと思ってしまう。
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