誰が為のおしゃれか(8)
「わたし、ずっと態度が悪くて、すみませんでした」
頭を少し上げて、メガネのフレームの陰から茅子は上目遣いで渉を見る。
「そうですよね。社会人としてダメダメですよね。もう引きずりません、ごめんなさい」
しゅんとして、茅子はもう一度深々と頭を下げる。「は?」と渉は、先ほどの遠藤のようにぽかんと口を開けてしまう。
まさか茅子は。さっきの川村のお説教を自分事と受け止めたのだろうか。
「…………」
ふにょんと、頬が緩む。手を口元にあててそれを隠しながら渉は目を和ませずにいられなかった。まったく茅子は、どこまで真面目なのだろう。
「いや。謝られても困るから」
「でも……」
「だって俺、別に気にしてないし」
地味に傷ついていたことはおくびにも出さずに渉は笑う。
「増田さんと、仲直りできるならそれで」
「……はい」
顔を上げた茅子が、にっこりと微笑む。新調したメガネは以前の分厚いレンズと違って薄くてクリアーだ。駅舎の明るい照明の下で彼女の茶色っぽい瞳の色までよくわかる。
その瞳がちょっと揺れて、茅子はでも、と目を伏せた。
「あんなことは、もうしないでくださいね」
「うん」
即答しつつ、これは嘘だと渉は自覚する。「あんなこと」なら、いずれまたするに決まってる。今だってめちゃくちゃキスしたい。でもここで頷いておかなければ茅子に嫌われる。だから頷いておいた。彼は、わかりすぎるほどにわかってしまう男だから。
「あれえ、カヤコチャン。リップの色変えた?」
「はい。おかしいですか?」
「んーん、全然。可愛いよ。ピンクベージュでメガネの色と合ってる」
「はいはい! あたしが選んであげたの」
「そうなんです」
「ふうん、いいんじゃない? 小永井はもうちっと地味にしたらって思うけど、カヤコチャンはもうちょっと派手にしたらいいのにって思うもの。あんたたち、足して二で割ったらちょうどいいよ」
「なんですか、それー」
けらけら笑う小永井の声を背中で聞きながら、渉はそっと首を捻る。
にこにこと微笑みながら小永井の方を見ている茅子の横顔が目に入る。ピンクゴールドのフレームのせいで頬の色が明るく見える。その下の小さなくちびるも、今日はいつもより明るいベージュ色だ。
渉の視線を感じたのか、茅子が目線を合わせてくれる。ぱっと少しだけ目を見開く。可愛い。
「朝礼始めるぞ」
業務の始まり。皆がぴっと背筋を緊張させて係長の方を見る。茅子の横顔を視界の端で捉えながら渉は思う。やっぱりキスしたい。
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