月に濡れたふたり(6)

 彼の混乱ぶりが伝わったのか、茅子は視線を逸らせてつぶやいた。

「結婚とか、考えられないです」

「なんで」

 昏い声音に渉は身を乗り出してしまう。どんなに不器用でも、いつもなんにでも一生懸命に頑張る彼女らしくない言い方だ。

 茅子は俯いて小刻みにまばたきする。そしてまた渉の顔をまっすぐ見た。


「わたしには親がいませんから」

「……知ってる」

「結婚て、本人たちだけの問題じゃないですから」

「それはそうだけど。でも」

「大事なのは気持ちだって、それはそうかもしれません。でも実際にわたしに親がいないことで負担になることがたくさん出てくるのです。披露宴だって、わたしには出席してくれる親族がいません。子どもができたら、大抵の人は実家を頼るでしょう? 相談したり子守を頼んだり。そうやって当てにできる母親がわたしにはいないんです。まとまったお金が必要なときに経済的に頼れる親も」


 すらすらと茅子が述べるのは現実すぎるほど現実で、彼女が日々それを見据えているのがよくわかった。

 もっともなことだけど、認めてしまってはいけない気がして、渉はどうにか否定したいと思うが言葉が出てこない。

「親がいないからって偏見だってこともあります。でも実際に起こるハンデは偏見じゃなくて事実なんです。そう思うとわたしには、結婚て考えられません」


 ひとつ息をついてから、茅子は挑むように渉に言った。

「でも高山さんのことは好きです」

「う、うん」

 思わず頷いて、俺も、と渉は付け足す。

「結婚前提じゃないといけませんか? それならわたしは……」

「そんなことない! まったくない!」

 いやいや、まったくないわけじゃないのに。ちらっとしっかり考えていたのに。

 でも切羽詰まった茅子の迫力に呑まれて、渉は全力で否定してしまった。


「よかった」

 ふしゅーと音がしそうなくらい胸をなでおろして茅子の表情が優しく和む。

「え、と。それなら、お願いします」

 真っ赤になった顔を隠すように茅子は頭を下げる。伝染するように自分も顔が熱くなるのを感じながら渉も頭を下げた。

「や、こちらこそ」

 そろっとお互いに目を上げてなんとなく笑い合った。


 ふと壁の方をみやった茅子が慌てた表情になる。

「いけない、九時をすぎたら俊くんが来るんです。その前に帰った方が」

「なんで。ちゃんと話すよ、俺」

「嬉しいですけど、俊くんのことだから騒いじゃうと思うんです。それで……実はわたし、今はもういっぱいいっぱいで。また日を変えてっていうか」

「ごめん気づかなくて。じゃあ帰るから」

「いや、あの、ごはん。ごはんは食べてください」

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