月に濡れたふたり(5)
ふかふかの毛布が心地好くて渉は布団の中で二度三度と寝返りを打った。今朝はどうしてこんなに布団から良い匂いがするのだろう。洗い立てのせっけんの香りが鼻孔をくすぐる。そして目蓋の向こうがとても明るい。
意を決して渉は目を開ける。布団のすぐ横の水色のカーテンが日差しに透けている。こんな窓際では朝日が眩しいはずだ。
ごろっと寝返って反対側を見る。畳の六畳間の隅には小さな正方形のちゃぶ台がある。その横によく目にする黒い鞄がふたつ並んで置いてあった。渉のものと、茅子のもの。
寝ぼけた頭でぼんやりそれを眺める渉の鼻にまたべつの良い匂いが漂ってくる。ちゃぶ台の向こうの襖が開いて茅子が顔を出した。
「あ、おはようございます。ご飯食べますか?」
彼女の顔を見るなり昨夜のことを思い出して渉はがばりと起き上がった。茅子が慌てて顔を引っ込める。
「今用意しますから……」
言わんとしていることを察して渉も慌てて脱ぎ捨ててあったワイシャツに腕を通した。
渉が布団から出て服を着たのを確認すると茅子が部屋に入ってきて寝具をたたみカーテンを開けた。
「いい天気。布団を干せます」
空を見上げて嬉しそうにそんなことを言う。
次に茅子はちゃぶ台を中央に寄せて台ふきんで拭くと、いったん襖の向こうへと行って今度はお盆を掲げてきた。
「わたし朝はおにぎりなんです。今日は卵焼きとお味噌汁もあるので贅沢です」
得意気な口調と共に目で促され、渉は食卓に着く。
「梅干し嫌いじゃないですか?」
「大丈夫。えと……いただきます」
「めしあがれ」
くすりと微笑んだ茅子と向かい合って箸を取る。まず口をつけた味噌汁の暖かさが空きっ腹に染みる。と同時にぼーっとしていた頭にひとつの単語が渦巻きだす。
責任。そうだ、責任を取らなければ。
渉はくっと顎を上げて箸を置き姿勢を正す。急に改まった様子の彼を茅子がきょとんと見る。
責任を取らなくちゃ。だって、彼女のはじめてを貰ってしまったのだから。
「俺……その。ちゃんと、責任取るから」
ちょっと呆気に取られた感じで茅子はまばたきする。それからすっと真剣な顔になって箸を置いた。
「どういう意味ですか?」
「あの、だから……」
「結婚とか、そういうことですか?」
「う、うん」
「わたし、責任とか考えてもらいたくないです」
凛とした茅子の口ぶりに渉は冷や汗が出てくる。思ってたのと違う。
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