小さな恋のメロディ(5)
表へ出ると外はまだまだ明るかった。街路樹でセミが元気に鳴いている。それでも日は西に傾きビルの影ができて日中よりは涼しかった。
「あのさ」
「はい」
「峰岸製作所さんって? ごめん、気にしてたの、聞こえちゃって」
「ああ……」
信号待ちで立ち止まったときに尋ねてみると、茅子は赤色の信号を見つめたまま少し考えこんだ。
「そうですね。いいお話だし。聞いてください」
「う、うん」
「清水さんが以前から担当してる企業さんで、二三年前にマシニングを購入されたのですけど、あの台風、被害がひどかった」
「ああ、うん」
「あのとき、工場が浸水被害にあって、マシニングもレーザー加工機も、工作機械のほとんどが使い物にならなくなってしまって。なのに、契約していた火災保険に水災補償が付いていなかったんです」
「ああ……」
今なら、リース契約ではない購入手続きの際には特に、必ず注意を促すよう会社からも指導されているが、以前はまだ意識が低かったのだろう。
「社長さんはどん底に陥って、そこで清水さんが動いたんです。仕事じゃなくて個人的に。とにかく早く受注ができるようにできる範囲で機械を揃えなきゃって社長さんを励まして、一緒に中古販売店を回って。無料回収業者をいくつも当たって処分のコストもかからないようにして、工場の床の泥をかきだしたり、お掃除の応援にも行って。わたしは書類関係のことを少しお手伝いしたので、それで話を聞いていたんです。一度、工場を見に行ったりもして。わたしは大したことはできなかったんですけど。……そんなところから、新しいマシンを導入できるところまで立て直せたんだなって感動して。良かったなって」
「…………すごいね」
「はい。すごいですよね。そう思います」
茅子の口調は普段より格段に熱っぽい。熱気をはらんだ夕暮れ時の湿った風が、今の渉には一際息苦しい。
ロータリーに面した商業ビルの一角で陽気な音楽が鳴り始める。屋上を利用した期間限定のビアガーデンが営業を始めのだ。
その音楽に引っ張られるようにして渉は別の話題を出した。
「うちの妹が……」
駅舎へのエスカレーターに乗る列についていた茅子は、きょとんと渉を振り返る。
「足元気をつけて」
「あ、はい」
エスカレーターのステップに先に足を乗せた茅子は、いつもとは逆に渉を見下ろす位置から少し振り返った。
「妹さんがいるんですか?」
「うん。俊くんと同じ高校なんだ」
「そうなんですか?」
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