小さな恋のメロディ(6)
目を丸くした彼女に渉はまた注意を促す。足元に目を落としてエスカレーターを降り、通路を進んで人の流れを避けた後、茅子は隣に並んだ渉を改めて見上げた。目線に応えて渉は頷く。
「うちの妹は二年生。先輩が先輩がって教えてくれたよ。すごく優秀みたいだね、俊くん」
「ええ、まあ、はい」
茅子はくしゃっと笑って顔を前方に向けた。
「俊くんは、なんでもできちゃうように見えるけど、それは本人が努力してるからなんです。学校の勉強も、ボランティア活動のことなんかも、たくさん調べていろいろな人の話を聞いて。わたしたち、週末にはいつも〈ひまわり〉に顔を出すのですけど」
「うん」
「俊くんは中学生の子や同じ高校生の子にも勉強を教えたりして。児童指導員のことが知りたいって先生方にテキストを借りたり。自分は立派な人間になるから……ならなきゃって」
「すごいね」
「はい」
私鉄線の改札前に来てしまっていた。渉は立ち止まって、茅子を通路の端に促し、そのまま話の続きを聞く姿勢を見せる。
茅子はまばたきしてから話を続けた。
「……無理してるんじゃないかな、大丈夫かなって時期もあったんです。でも、俊は生き生きしてて、頑張ることが楽しいみたいで。わたしにとって、彼は弟ですけど、でもすごく眩しいんです」
目を細めて茅子は少し俯いた。
「俊は、わたしのためにって言うんです。わたしのために頑張るから、立派な大人になるから、一緒に暮らそうねって言うんです」
「……うん」
「でもわたしは、それじゃあいけなくて、わたしなんかのためじゃなくて、もっと他のことのために頑張ってほしいなって思うんです。もっと、視野を広げてほしいっていうか。いえ、俊の方がずっといろいろなことを知ってはいるだろうけど。あまりその、わたしのことを言い訳にしてほしくないっていうか……」
茅子の言いたいことはなんとなくわかった。そこで渉は反論してみせた。
「それはどうだろう。どうだっていいんじゃないかな、それは」
「え……」
茅子はきょとんと目を上げる。
「だってさ、順番の問題だろ、それ。動機はなんだって、俊くんが努力してすごい人材になろとしていることは変わらないだろ。お姉さんのためにって頑張ってることが世の中のためになる。それって、それこそすごいことなんじゃない? 増田さんが困ることなんて何もないよね? むしろそんなふうに気負っちゃうのって自意識過剰なんじゃない」
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