彼女がメガネをはずしたら(4)

「だ、大丈夫?」

 彼女の背中に手をあてて表に押し出してから、渉はおでこを押える茅子を窺う。

「大丈夫です」

 顔を真っ赤にしながら茅子はずり落ちたメガネを直す。そのとき、茅子が目を細めたのを見て、渉はもしかしたらと閃いた。


「ねえ。もしかしたらさ、度が合ってないんじゃないかな」

「え?」

「そのメガネ。買ったのいつ?」

 はて? と茅子は首を傾げる。

「いつだったかな。高校のときかな、中学のときかな……」

 だろうな。いやに流行遅れのデザインだからそうだと思った。最近のメガネは度が強くてもレンズは薄いと聞いたことがある。


「増田さんて近視?」

「ええ。乱視も少し」

「この際さ、コンタクトにしたら?」

「ええっ」

 のけぞる茅子の反応が面白くて、自分の気持ちが浮足立つのを渉は感じた。

「コンタクトなんて高いだろうし」

「使い捨てはそうでもないよ。まずは試してみたら? ちゃんと眼科に併設してて安いとこ知ってるから今から行こう」

「ええええっ」



「高山さん」

 茅子が診察に呼ばれて二十分後。眼科の待合室で雑誌をめくっていた渉は顔を上げてから目を剥いた。目がぱっちりした美人が目の前に立っている。

「お待たせしました」

 この声はもちろん茅子だ。初心者だからスタッフの指導でコンタクトを入れてもらったのだろう。

 渉はあんぐりと口を開けたまま言葉もない。メガネをはずせば美形とか少女漫画ですか。


 併設の店舗で一か月分の使い捨てコンタクトレンズを購入した茅子は、大切そうにレンズの入った手提げ袋を抱えた。

「なんか。勢いでむりやり買わせちゃった感じでごめん」

 居酒屋のネオンが並ぶ通りを駅に向かって歩きながら、渉は今頃思い至って謝る。

「いえ。コンタクトって今まで考えなくもなかったんです。メガネと同じくらい高価だと思ってたから、なかなか決められなくて」

「メガネだって最近は安いよ。おしゃれなのたくさんあるらしいし」

「そうなんですか!?」

 流行を知らない茅子の反応に、昨日の古風な考え方といい、深窓の箱入り娘だったりするのだろうかと渉は考える。


「高山さんは電車ですよね」

 食事に誘うべきだろうか? 悶々としている間に駅に着いていた。

「お店を紹介していただいてありがとうございました。お疲れさまでした」

 ぺこりと頭を下げて、茅子は通路の先へと歩いて行ってしまう。呼び止めて食事に誘いたいと思ったけれど、渉は分が悪いことを察して思い留まった。彼は、わかりすぎるほどにわかってしまう男だから。

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