小さな恋のメロディ(8)

「また明日」

「はい」

 渉の隣で手を振る真美に恥ずかしそうに小さく手を振り返して見せ、茅子は通路を進んで行った。


「はー、やったあ。俊先輩のお姉さんとお話しちゃった」

「なんだよ、あのテンション。おまえは俊くんを好きなのか?」

「いや、それは違うかな」

 くりっとした瞳で兄を見返って真美ははっきり否定した。

「憧れと好きは違うのだよ。わからないかなあ、お兄ちゃん」

 わからない、まったく。鼻白む渉を残し、真美は先にさっさと改札を抜けていった。





 製造業界の季節休みは長い。二十四時間フル稼働している大手企業の工場ラインは、機械を細切れに停められないため、こういう時期に長く停めてメンテナンスを行うし、下請けの中小企業もその年間スケジュールに倣う。

 しかし大多数の町工場ともなると、納期に追われていることが多く休みはカレンダー通りといったところだ。


 渉の会社は間を取ったのか、お盆休みは六連休だった。これでも長い方らしく友人たちからは羨ましがられた。

 望月とも遊びたかったが結婚準備に忙しいらしく、泣き顔のスタンプがメッセージに送られてきた。「かおるのおもりでタイヘン」という内容が少し気になったが「ガンバレ」と返しておいた。


 連休も半ばをすぎると予定がなくなり、昼近くになって起きだしてリビングへ下りると母親に白い眼で見られた。

「お昼はどうするの」

「なんでもいいよ」

「そうめんだけでも文句言わないでよ」

 文句なんか言わせたことないくせに。


 テレビの前では、真美が学校指定のスポーツバッグの中にペンケースやらノートやらを入れて出かける準備をしていた。


「おそよう、お兄ちゃん。お昼食べたらさっそく行くからね」

「……どこに」

「今日の午後〈ひまわり〉に行くって約束したじゃん。夏休みのレポートにするって。見学に行っていいですかって問い合わせたら、園長さん? 所長さん? ていうのかな、ぜひいらしてくださいって返事くれて。ほら、カレンダーに印ついてるじゃん。一緒に行く? って訊いたら、うんって言ったじゃん」

「……いつ」

「んー。お兄ちゃんが休みに入ってすぐかな。夜、帰ってきたときに。なんか酔っぱらってたけど、よろこんでー! って」

 覚えがない。

「ついてきてよ。ひとりじゃ心細いよ。お兄ちゃんだって縁があるんだしさ」

「……そうだな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る