ウェディングドレスは誰が着る(8)

 確かに、暑さでだらだらなって、涼しくなったと思ったらハロウィンがすぎて、街はあっという間にクリスマスカラーに変わっている、というのが毎年のパターンだ。


「高山さんも、ぜひ来てください。クリスマス会。真美さんも一緒に」

「え、いいの」

「食材をくださる農家さんとかイベントをやってくれる支援の人たちを招待して、ありがとう会も兼ねるんです。なので、ぜひ。花火ぱちぱちのお兄ちゃん来ないのって子どもたちも言ってるので」

「花火?」

「そう見えたみたいですよ」

 溶接の際の火花のシャワー。確かにあれは花火みたいだ。

「うん、わかった。行かせてもらう」

「まだまだ先の話なのですけど」

 ちょっと照れ臭そうに茅子は笑った。


 いつも彼女と別れる私鉄線の改札前に着く。

「お願いがあるんだけど」

 渉は立ち止まり、思い切って茅子に向かって拝んで見せた。

「さっきの、写真。見せてくれない? 俺見えなかったから」

「え」

 茅子の頬がまた赤くなる。

「見なくていいです、あんなの」

「気になるんだ、お願い」

 ストレートにお願い攻撃をかける。

「だめ?」

 子どもっぽいやり方でも、茅子は押しに弱い。思った通り、しぶしぶといった感じで鞄から写真を出した。


 肩を出したシンプルなデザインの純白のドレスだった。髪型はアップになっていてティアラをつけてベールまでかけている。写真の茅子は、両腕を軽く持ち上げてスカート部分の広がりを確認するようなポーズをしていた。

 妹の真美が小さなころ、何かのときにふわふわのスカートを着せられて、はしゃいでくるくると回っていたのを思い出した。スカートがひらひらと舞い上がるのが嬉しいみたいで。

 普段質素にしていても、茅子だってこういうことが嬉しいのだ。そんな当たり前のことに気づいて渉は目を伏せた。


「ありがと。可愛いね」

「いえ……」

 写真を鞄に戻して茅子は頬を染めたままぱちぱちまばたきした。

「そりゃあ、誰だって可愛くなれるんですよ」

「そうだね」

 なぜだか胸が痛くて息苦しい。

「誰でも、可愛くなっていいんだよ」

 茅子だって。でも、自分の見ていないところで可愛い顔をするのは、やっぱり嫌だ。


 渉が黙ると、茅子も黙って困ったような顔をして日傘の持ち手を何度も握り直していた。

「あの」

「じゃ、また明日」

「……はい」

 何か言いたそうな顔をしている茅子を残し、渉は改札を通り抜けた。

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