小さな恋のメロディ(2)
「っと、お兄ちゃんなんかにかまってる場合じゃなかった」
「おい」
「じゃあねー」
ショートボブの髪を揺らして真美はぱたぱたと走って行く。
「気をつけろよ」
聞こえないだろうと思いつつ渉はつぶやき、また重くため息を吐いて改札に向かった。
「カヤコチャン日傘買ったの? カワイイ」
「はい、あるといいかなって」
「そうだよ、少しは涼しいでしょ」
蓮見さんと話している茅子の視線が渉に流れてくる。渉は「黙ってて」と小さく首を横に振る。茅子はぱちぱちとまばたきして蓮見さんに目を戻す。蓮見さんの口元がふにょんと緩む。これじゃあバレバレだ。
ちょっと頭を抱えたくなりながら渉は計画表に目を通す。週初めの朝礼前は居室内がいちばんがやがやする時間帯だ。みんなスケジュールの確認と新しい資料を揃えるのに忙しい。
渉の向かいの席では清水が週ごとに提出する行動計画表を作成している。集中しているらしい清水の顔を見ながら、渉は昨日俊が口走っていたことを思い出す。
「すごく仕事ができてステキだって話してたヤツ」とはどう考えても清水のことだろう。茅子は清水のことを「すごく仕事ができてステキだ」と弟に話しているわけで。
「朝礼始めるぞ」
係長の声で条件反射のように姿勢を正しながら渉はしょうもない物思いを振り払ったのだった。
その日の帰りは定時より少し遅れた。月曜は大抵ばたばたしてしまう。
夜七時頃に駅前を通ると、駅舎へのエスカレーターを上ったところで呼び止められた。
「ねえ」
真美と同じ高校の制服を着た俊だった。タイをゆるめて半そでシャツのボタンをひとつはずし、二の腕にかばんの肩ひもをひっかけている。真美の話からイメージしていたのよりだいぶルーズな着こなしだ。
制服姿でもやはり大人びた雰囲気で、実年齢ではない役者が高校生の格好をしているみたいだ。
「ちょっといい。少しだけ」
目線で人通りの少ない場所を示されて、渉は黙って彼と一緒に通路の端へと寄った。
「あんたさ、かやこに気があるの?」
さて、どう答えるのがいいのか。迷う渉に俊はふんと鼻を鳴らした。
「日傘買ってやったり、バレバレなんだから認めれば」
それはそうだと思い、渉は頷いて見せた。
「うん。好きなんだ」
「かやこはやらないよ。オレが嫁にするから」
は!? と渉は混乱する。目の前の彼は茅子の弟なのではなかったか。
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