君を・もっと・知りたくて(8)

 今、渉たちがいるのは土踏まずにあたる場所で、つま先側を見れば箱根神社の〈平和の鳥居〉が、かかと側を見れば九頭龍神社本宮の鳥居が、鬱蒼とした木々を背景に赤い色を目立たせている。

 そして神々を頂く山々の向こうにひときわ存在感を示しているのが、富士山だ。


 よく見る観光ポスターの写真そのままの景色の中を、海賊船が悠々と進んで行く。甲板の乗船客がこっちに向かって手を振っている。

 茅子はつられたように右手を上げ、肩の高さで迷うように指を動かし、それから少し恥ずかしそうに控えめに手を振った。


「お天気よくて良かったです」

 照れ隠しのように両手を合わせながら茅子は渉を振り返って言った。瞳が湖面と同じようにきらきら輝いている。

「だな。午後はロープウェイに乗るって。富士山がでっかく見えるって」

「ロープウェイ! わたし初めてです」

 少し緊張するように茅子はいったんくちびるを閉じる。


 胸元のショルダーストラップを指でこすっていたかと思うと、あの、と絞り出すような声を出した。

「高山さんに、わたし」

 さまよっていた茅子の目線が渉の顔の前で止まり、どきりとしてしまう。

「ちゃんと言わなきゃって、おも……」


「たかやまー、ロープウェー行くぞー」

「カヤコチャーン、ソフトクリーム食べる?」

 言葉の途中で口を止めたまま、茅子は渉の背後に視線をすべらす。

「あ、えと……」

「今行けば、清水さんが買ってくれるよ」

「ロープウェー早く行こうぜ」

 口々に言いたいことだけ言いながら近づいてくるのは遠藤と小永井に決まってる。


「まだお腹いっぱいなので、わたしは遠慮します」

「別腹、別腹。買ってもらおうよ。種類たくさんあるからさ、ひとつずつ選びたい」

 渉の横まで来た小永井は、ぐいっと茅子の腕を引いて連れていってしまう。

「おーい、早くロープウェー行こうって」

 遠藤に背中を叩かれたけれど。渉は頑なに湖の方を向いたまま、なかなか動けなかった。


 今すごく良い感じだったのに。このやるせなさをどうしろというのか。

 ぎろっと大人げなく同僚を振り返ってみたけれど、へらへら笑っている遠藤は悪びれた様子はない。


 ソフトクリーム販売のオレンジ色のワゴン車の前では、小永井がはしゃぎながら受け取ったソフトクリームを茅子と蓮見さんに回している。

 会計をしているらしい清水の背中からは、彼がほくそ笑んでいるのかどうかはわからなかった。

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