君を・もっと・知りたくて(13)

 怖くて目が覚めてしまった渉は、枕もとに置いておいた水のペットボトルを持ってベッドを出た。

 そっと部屋のドアノブに手をかける。そこでカギが開いているのに気がついた。


 テラスに出てみると、LED式のランタンの灯りの中で、清水がベンチに座っているのがわかった。テーブルの手元にウーロン茶の缶がある。

「高山も逃げてきたのか?」

 声を潜めて尋ねられ、渉は頷きながら清水と並んでベンチに座った。コテージの壁を背にして、そうすると下方の斜面に点在する他のコテージの灯りを見下ろすことができた。


 夏だけど山中の夜気はひんやり感じる。その分、音もなく静かだ。夏の夜って静かなんだなと渉は初めて感じた。

 茅子たちが眠っている隣のコテージからも物音ひとつしない。と思うと、何やら獣の鳴き声が聞こえてきてびっくりしてしまう。

「キツネかな」

 清水は笑ってウーロン茶の缶を持ち上げた。渉も黙ってペットボトルの水を飲む。そして少し迷ってから尋ねてみた。


「特別授業って、係長に言われたんですか?」

「……疑問が出る時期かなって」

 清水はわざとのようにコンと、軽く音を鳴らして缶をテーブルに戻した。

「みんなそうなんだよ。客と接する時間が増えると、自分たちのやってることは押し売りじゃないのかって不安が出てくる」

 その通りだ。頷く代わりに渉は肩を丸めて俯く。


『お客様のニーズに応じて最適なプランをご提案』それが営業の謳い文句でタテマエだ。だが実際にはそうもいかない。

 安価なフライス盤やボール盤を求められても、とりあえずマシニングセンタを勧める。宣伝しなければならないからで。メーカーから推奨されるマシンはその都度決まっているからで。


 お客様のニーズと会社から取ってこいと発破をかけられる契約とは一致することはない。その板挟みになるのが営業マンだ。客の都合を聞いてしまうと、高価な工作機械を勧めるのが申し訳ない気持ちになってしまう。

 それはこうして勉強会でいかにすごいマシンであるかを知れば、絶対それを導入した方がいいとは思える。自信を持ってお勧めはする。


 けれど実行するには資金が必要で、どんな会社でもほいほいと決断できるわけではない。渋い表情で提案書と見積書に視線を落とし、思案顔で言葉を探す工場主さんの前にいると渉は居たたまれなくなる。

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