第6話

「面白い?」

「ごめん。言い方悪かった。一緒にいたら見てるだけで楽しい……」

 及川くんはそう言ったあと、慌てて「あっ! そうじゃなくて」と、おろおろし始めた。

 一緒にいたら楽しいというのは、褒め言葉だと思う。見てるだけで楽しいというのは、よくわからないけど。

 一緒にいたら楽しいって言葉は、くすぐったい。彼氏彼女の関係なら、より嬉しい言葉なんだろう。そうじゃなくてもマイナスな言葉ではない。

 どうして及川くんが慌てているのかわからない。

「どうかした?」

「今のって、なんか、まるで……」

「まるで?」

「いや、なんでもない。飲み終わったんなら、さっきの店に戻ろう」

 及川くんは、少しうろたえているようだった。わたしはそれがなぜなのかよくわからないまま、コーヒーを飲み干す。


 会計のときに、及川くんが代金を全部支払おうとするので、わたしは自分のを出すと言い張った。

 知り合ったばかりなのに、そんなの悪いじゃない? 知り合ったばかりというのは、少し違う気がするけど……毎朝、見かけていたから。

 及川くんが、「今日は、とにかく奢らせて」と突っぱねるので、奢ってもらうことにした。

「ごちそうさま、ありがとう」

 そう言うと、及川くんは照れくさそうに微笑んだ。


 たこ焼き屋までの帰り道は、無言で歩いている。

 手を繋いだり喫茶店に行ったりと、いろいろありすぎたせいで、気持ちが追いつかない。

「書くもの、何か持ってる?」

「筆記用具? あるよ」

「メモ帳、持ってる?」

「便せんなら、ある……」


 授業中に、瑛美里と手紙をやり取りする小さなメモ用紙は、教室の机の中においてきた。

 便せんなら、かばんの中にいれたままのがあるはず。

 わたしは立ち止まり、かばんの中を探る。便せん一枚とシャーペンを取り出して、及川くんに渡した。

 及川くんは、そこに何かを書いている。


「これ、家電いえでん。かけてくれたらかけ直すから。鍵屋さんの家電、教えてくれる?」

「電話? え、なんで……」

「なんでって……次、会う約束とか、いろいろ……」


 次、会う?

 どういうことか、どうしてそうなるのか。わからなくなって、口をパクパクしてしまう。言葉が出てこない。

 顔がやけに熱い。心臓も、短距離を一気に走ったあとみたいになってる。


「いやなら、教えなくていい。じゃあ、その紙、いらないよな」

 及川くんが電話番号を書いた紙を破ろうとしているので、その手を掴んで止めた。

「いやじゃない……です」


 考えるより先に、手と口が勝手に動いたようだった。

 無意識に掴んだ手に気づいて、あわてて離す。


「わたしの番号……」

 及川くんが書いた紙を半分に折って、書いてないほうにわたしの番号を書き記す。

 そのあと半分切って、わたしの番号が書いてあるほうを渡した。


 そして再び、無言で歩く。

 たこ焼き屋がある大通りに出ると、瑛美里と里中くんが手を振っていた。


「どこ、行ってたの?」

「喫茶店だよ」

「仲良くなったんだね。良かった!」

「仲良く……? そうなのかな?」


 瑛美里がそう言ったあと、ちらりと及川くんを見ると里中くんと何か話していて、気づいてないようだった。

「及川くん、毎朝、紗月のことを見てたんだってね。すごい偶然。紹介して良かったよ」

「里中くんから聞いたの?」

「うん。紹介の話が乗り気じゃなかったのは、気になる子がいるからだって思ってたらしいんだ。その子が、まさか紗月だったなんてね。紗月の気になる人は、及川くんのことだったんじゃないの?」

「うん。でもね、だからって何も変わらないよ。たぶん」

「どうして? 紗月も気になってたんでしょう? 付き合おうって、ならないの?」

「ならないよ。好きと気になるは、違う気がする」

「同じだと思うよ? もしかして中学のときのことがまだ?」

「そんなんじゃ、ないよ……」

「及川くん、いいひとじゃん。好きになるかもしれないでしょ?」

「中途半端な気持ちで付き合うのは……いやかな」

「そっかー。紗月がそう言うなら、しかたないかな」


 瑛美里はそこまで話したあと、里中くんのほうを向いた。

「あっちゃん。今日は、あたしと紗月、帰るね」

「わかった。川井が、そのへんうろついてるかもしれないから、紗月ちゃんはバスで帰ったほうがいいかもな」

「そうだね。あたしがバス停まで送るよ」

「川井くん、結局なんだったの?」


 わたしは、二人の会話で気になったから訊ねてみた。

「持ち物検査が抜き打ちであったんだよ。それで川井がタバコ見つかったんだってさ。それを及川がかばったんだろ。それで川井は、停学免れたわけ。及川の処分は反省文書いて終わり。そのあと、紹介の話を知った川井が、及川が乗り気じゃないなら俺が行くっつってさ」

 ……川井くん、ひどい。かばわれて停学免れるなんて、そんなの友情でもなんでもないよ。

 及川くんも、どうしてそんな身代わりなんて。


 わたしは、及川くんの人柄を理解できないかもしれない。

 本当にいい人なら、素行の悪さをかばったりしない。その人のためにならない。

 ヤンキーって、どうしてそういうことをしちゃうんだろう。

 お兄ちゃんたちも、そうだったな……

 理解したくない。できない。


「そういうの、わたしは嫌い」

 わたしはそう言って、瑛美里の腕を引っ張り、バス停に向かった。




 


 


 

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