第35話
「よろしく」
と、わたしの手を取りながら言う及川くんも、照れくさそうにしている。
一瞬、目が合い、耳が赤くなっているのが見えた。
「じゃあ、店……行こ」
ほんとに一瞬で、見つめ合うなんてことにはならずそのまま手を繋ぎ、階段を降りていく。
触れたところだけ熱く感じるけど、気のせいだ。早鐘みたいな心拍数も、気のせい。
気のせいだと思いたいけど、心臓がやっぱり壊れそうなくらいドキドキしていて、足元がふわふわしてくる。
意識しはじると、自分の体の変化に戸惑う。
ドキドキする、熱くなる、緊張する。伝えるまでと違ってしまっていることが、くすぐったくなってきた。
店に着いて、及川くんが気になる服を見はじめると、繋いでいた手は離れていた。
ずっと繋いでいると、服を手にとって見られないのだから仕方ない。
仕方ないとか残念と思っていることに気づくと、顔が熱くなってきて、わたしは及川くんに背を向ける。
それから及川くんは長袖Tシャツを一着買った。
ひととおり行きたい店を回ったあと、丸一から出ることにした。
すると雨は上がっていて、嘘みたいに晴れていた。
「晴れてるね」
「そうだな。傘持ってなくてよかったなあ。俺、晴れ男だから出かける予定がある日は、晴れる……っていっても、さっきまでは雨だった。鍵屋さんが雨女?」
「そうかも。遠足や修学旅行、曇りか雨だったよ」
「これからは予定は俺が決めたほうがいいな。雨でも困らないけど」
並んで歩きながら、他愛もない話をする。これからの予定という言葉が、今までとは違うんだと思わせて、むずむずした。
「そうだね。天気は関係ないかも」
街をぶらぶらしたり、喫茶店に行ったり、CDを探したり。
今日みたいに会うのが楽しくて嬉しい。気持ちの再確認ができる。どきどきするけど、一緒にいる時間のどきどきなら何度でも味わいたい。
「次は、及川くんの町に遊びに行きたいかな。日曜だったらゆっくりできるかな」
「こんな感じの店ないんだけど」
「海……海が近いんじゃないかな?」
「
浜辺を歩いたり、防波堤に並んで座ってのんびり話したり。
少女漫画のワンシーンみたいな、そういうのがしてみたいとは言えない。
友達のままなら言いにくかったけど、ちゃんと付き合うってなったなら、行きたい場所はちゃんと言いたい。
「及川くんは見慣れてる海だろうけど……わたしは、その海を見たいって思う」
アーケード街からそれて、大きな通りの歩道を歩く。恥ずかしいことを言ってしまって、及川くんより前に出て早歩きで進む。
「そういうの、いいな。じゃあ、梅雨になる前に海に行こう」
及川くんは、わたしの早歩きに追いつくとわたしの前に立ちふさがり、
「ちゃんと、俺のほう見て言ってほしい」
と、まっすぐにわたしを見てきた。
すぐに人の流れの邪魔になり、歩き始めなきゃいけなくなったけど、わたしと及川くんは無言でしばらく歩いていた。
「そういや、五時近いけど時間は大丈夫?」
及川くんが時計を見ながら言う。
「バス停行って時間を見ておこうか。うちは厳しい門限ないけど、及川くんの帰りが遅くなるよね」
「俺が遅くなるのは構わない」
「でも、櫛田に戻ったほうがいいかもね」
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