第36話

 来たときと同じように、バス停に向かう。

 雲一つない空の下、バスを待つ人たちは傘を持っている。邪魔だろうなと思いながら、わたしは及川くんを横目で見る。

 及川くんは、腕時計を見ているところだった。「あと三分かー」と、時刻表を見ながらつぶやいている。

 よく見ると、及川くんの目は奥二重。少しだけ吊り目で、鼻筋は通っているほうかな? 

 こんなに近くでじっくり見たのは初めてかもしれない。かっこいい……よね。

 髪型は、トキ高っぽくないサイドバック風。リーゼントや長髪、派手な髪色、襟足が長いというヤンキー風じゃない。身長はお兄ちゃんくらい? ということは一八〇センチ弱かな。

 及川くんはモテるんじゃないかと、いまさら不安になってくる。及川くんが共学に行ってたら、すぐに彼女できたんだろうな。

「なに? どうかした?」

 視線に気づかれてしまった。思い切り、目が合う。

「えっ、うん、なんでもない」

「ふーん?」

「なんでもないって……」

 及川くんは、わたしをじっと見ている。

「なんでもない顔じゃねぇよなあ」

 及川くんは笑っている。

 笑うと吊り目じゃなくなって、優しい顔になる。

「あ、バス来たよ」

 わたしは笑顔に見惚れているのを誤魔化そうと、及川くんの制服の外を引っ張る。

 バス停に並んだ人が、これから停まるバスに乗る人の列を作る。

「袖、引っ張らなくても来てるのわかるけど……」

 わたしが照れ隠しでしたことを見抜いているようで、さらに恥ずかしくなってきた。

 及川くんは、わたしの表情を読む人だった。忘れてた……


 バスに乗ると、空いている座席はなかった。バス停で停車するたびに乗客は増えていき、わたしと及川くんは後ろの方に追いやられていく。及川くんの腕にもたれるように立っている。揺れるたびに腕を掴み、すぐ離す。

「掴んだままじゃないと危ないだろ」と言われ、どきどきしていた。そうするしかないくらい、バスの運転が荒いみたいで、わたしはもたれながらしがみついていた。

「ひどい運転だな……」

 わたしがふらつくのを見て、及川くんはむすっとした顔で、運転手を見ている。


 櫛田駅に着いてバスを降りた。

「すごい運転だったね」

「顔真っ赤にしてしがみついてたから、それどころじゃないのかと思ったけど」

 及川くんがからかうように言う。

「人がたくさんいて、暑かったの!」

 実際、少し暑かった。でも、顔を赤くしたのはそれじゃなくて。

 見透かされても不快じゃない。

「電車の時間まで、あと三十分くらいあるんじゃない?」

 不快じゃないけど、話をそらしておいた。

「そうだな。時間まで話す?」

 ……これは、どう応えるのが正解なんだろう。


 まだ話していたい。

 一緒にいるよ。

 わたしは帰るね。

 一番最後のは違うと思う。


「俺はいてほしいけど?」


 何を言おうかと悩んでいたら、及川くんが先に言ってくれた。


「鍵屋さんは?」


 でも、ちゃんと答えなきゃいけないらしい。

 

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