第37話
「もう少し、話したい……」
だんだんと小さくなるわたしの声は、ちゃんと及川くんに届いていたらしい。
「駅に行こうか」
バス停から駅に向かう途中、自転車に乗った七瀬を見かけた。中学の頃とは違う派手な服装とメイクにびっくりしたけど、先輩と付き合い始めたから背伸びしているのかもと納得した。
「知り合い?」
わたしが目で追いかけているのに気がついたんだろう。
「うん。中学のときの」
「派手な子だったな」
「そうだね」
「もしかして、さっきの子が鍵屋さんが……」
及川くんはそこまで言うと、「これからは何もないだろうから心配ないんじゃない?」とさとすように言った。
「うん、そうだよね」
そうだといいなと思った。高校が違うし今は接点がないんだから、及川くんの言うように心配することはない。
駅に着いてから、コインロッカーに預けていた学校のかばんを取り出す。そのあと、空いているベンチを探し時間まで話すことにした。
空いているベンチが一つだけあって、荷物を両端に置き、まず及川くんが座る。
すぐ横に、恥ずかしくて座れなくて少し離れて座ろうとしたら――
「離れて座ろうとすんなよ」
及川くんは素早くわたしの手首を取り、真横に座らせたあと、すぐにわたしの手首を離した。
「ごめんなさい。つい……」
「照れ臭いのは俺もだから」
それから言葉が出てこなくて、電車の時間まで無言のまま。電光掲示板の表示に気づいて、及川くんは時計を見る。
「明日、電話する」
及川くんは荷物を取り、手を振りながら改札口を抜けていった。
電話が待ち遠しいと思ったことに気づいて、晴れた空を見上げたあと、わたしはひとり、ほほえんだ。
――――――――――
紗月の章・一、おわり。
高校一年五月の話はこれで終わります。
次は、高校一年、四月の陽太(及川くん)の章になります。
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