高校一年四月・五月〈陽太の章・一〉

一、決意の日

第38話

「約束、忘れるなよ」

 入学式の朝、親父は聞き飽きた言葉を言い放つ。

「わかってるよ。忘れてねぇから、何度も言うなって」

「仕事だから、入学式は行けないが……」

「そんなこと、気にしてないから。電車の時間間に合わなくなる……行ってきます」 

 遅刻、欠席したら即退学して、家の工場を手伝う――これは、俺が朱鷺丘高校に通うための約束だ。


 朱鷺丘高校の入学式は、式典とは言えないようなひどい有りさま。祝辞は簡単に済まされる。校歌を真面目に唄う上級生はいない。ざわつく体育館。保護者席は形はあるけど一人もいない。

 好き好んでここに入学したんじゃないのがよくわかる。先生も、形だけ式をしておこうということなんだろう。

 こんなところでも、俺が入学できるのはトキ高しかなかった。

 喧嘩や原チャリの無免、そのほかいろいろ……補導されすぎたせいで、地元の高校は内申書で不合格だった。

 隣の市にある朱鷺丘高校なら、入試の点数で合格させてくれると言われた。

 中学卒業間際に受けた二次試験に受からなければ、就職するしかなかった。それでもいいかと、ヤケクソになりかけてたっけな。入試受けた直後は。

 県北最大の暴走族チームに入らないかとさそわれていたのを、うまくやり過ごした。地元で気がつくとから、 

「お前がチームに入るなら次期総長候補として、だ。お前なら初代の晴月はづきさんみたいになるだろうな」

 と、先輩に言われていた。

 そんなの聞いたら、入りたくなくなるだろ。

 式が終わり教室に向かう途中、

「及川陽太だろ? 俺、乗松のりまつ義人。中一の頃、一学期だけ同じクラスでさ」

「乗松? ああ、マセガキ義人よしとか」

「マセガキって、ひでーな。今は乗松じゃなくて川井なんだよねー。親が離婚したから」

「へえ」

 興味ない。

 なぜかこいつには、前も何かと絡まれた記憶がある。

「髪の毛、なんで黒くしてんの? トキ高にきたのに真面目になるって変なやつだなあ」

「そうだな。変なんだろうな」

「お前、マジか。ホントに、及川? すぐブチギレてた……」

「くだらねぇことで、喧嘩するのだるいんだよ。じゃあな、俺、教室行くから」

「え、及川、何科? クラスは?」

「普通科。一組」

 俺はそれだけ答えて、早足で教室に向かう。

 ガラの悪いやつらが廊下に座り込んで、そこを通るやつを睨みつけている。

 俺は目をあわさないように、外の景色を見ながら歩く。


「おい、おまえ、シカトすんなよ」

 知らねぇよ。

 素通りしようとしたら、足に蹴りをいれられた。初日から問題起こしたらまずいだろうから、聞いてないフリをすると、いきなり肩をつかまれ、背中を膝で蹴られた。

 やられるほうが、まだマシだろ。

 手を出したらダメだ。

 俺は、二人がかりで一方的に殴られていた。

「なにやってんだ。つまらねぇことするなよ」

 派手な髪色のやつが、二人を止めた。

「篤史。こいつがシカトしたからよー」

「初日から問題起こすなよ。そいつ、わざとやられてんだよ。おまえらわかってねぇだろ? 弱いくせに喧嘩ふっかけるのはダセぇよ」

 篤史と呼ばれたやつが、俺を殴った二人を教室に戻らせた。

「ごめんなー? 俺、機械工学科の里中篤史」

 篤史はなれなれしかったけど、悪ぶったりしていなかった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る