第25話
何があったか、話していいのか考えた。瑛美里は、七瀬を知らない。七瀬も同じように瑛美里を知らない。
「何もないと言ったら嘘になるんだけど、話せば長くなるから。電話じゃちょっと……」
『そっか。紗月が学校休むくらいだから、なんでもないって言われたら悲しいなあって思ったかも。だから、良かったぁ。話せるようになったら、話してね。ゆっくり休むんだよ』
「ありがとう」
休み時間は十分しかない。公衆電話だし、長話はよくない。
電話を切ってから、わたしは再びお湯を沸かし始める。
瑛美里のおかげで、気持ちが落ち着いたような気がする。全部、吐き出せたなら、どれだけ楽になるんだろう。
コーヒーを作り、一口。
ふう、と、息を吐き出すと、玄関が開いた音が聞こえた。
リビングのドアが開くと、お兄ちゃんが「あ? 学校、休んだのか」と言った。
「うん、ちょっと、お腹痛くて」
「駅まで行ってただろ? 戻ってくるくらい痛むなら、病院、連れて行こうか?」
「今は、そこまでじゃないよ。お兄ちゃんはどうしたの?」
「仕事な。現場の手違いで材料足りなくて、作業が二時間後になったんだよ」
お兄ちゃんは、内装関係の仕事をしている。詳しくは知らないけど、リフォームのときは、現場に出て作業するとか。
「コーヒー飲めるくらいなら、今はたいしたことないんだな。じゃあ、暇つぶし、付き合え」
お兄ちゃんは、自分の部屋からゲーム機とカセットを持ってきた。
お兄ちゃんが暴走族をしていた頃、こうやってよく遊んでいた。お兄ちゃんの友達とかも。
「懐かしいな。紗月は、昔っからゲーム強いんだよなあ。手加減しろよ」
お兄ちゃんは笑いながら、操作している。
「今度、瑛美里ちゃん、うちに呼べよ。及川はだめだからな?」
「なんで及川くんが出てくるの……」
そう言って、お兄ちゃんのプレイの邪魔をしてみる。
「紗月からしたら、ただの友達かもしれないけどな。向こうはそうじゃねぇんだろうからな」
「お兄ちゃんが昔いた……あのチーム? 及川くんが誘われててそれを断ってるの、関係ある?」
「知ってんのか。そういうのは関係ない。俺はただのOBだからな」
「よくわからないけど……誘われるってことは、それくらい、喧嘩が強いとか何かあるってこと?」
「そうらしいな。俺は噂しか知らねぇから。本当のところが気になるんなら本人に聞けよ。とはいえ、断るくらいだから真っ当に生きていくつもりなんだろ? だったら知らなくていいと思うぞ」
「そう、だね」
「言いたくなれば言うんじゃねぇの」
お兄ちゃんと一時間くらいゲームをしていた。負けてばかりのお兄ちゃんは、一服すると言って自分の部屋に行った。
マグカップに二杯目のコーヒーをいれて、リビングのソファにもたれる。
何もしないって、時間が進まないなあ。
苦手な科目の授業がなかなか終わらないくらいに、進まない。
苦痛かどうかと言われたら、ぼんやりしてるだけだから、痛みをともなうはずがない。
中学の同級生には会いたくないなあ。七瀬だけじゃないだろう。わたしにたいしてどう思っていたのか。
「紗月、そろそろ現場に戻るから、ゆっくりしとけよ。鍵、閉めておくから部屋で休んどけ」
「わかった。ありがとう」
「おう」
お兄ちゃんが出ていってすぐ、また電話が鳴った。
平日の午前中、誰もいない時間になんだろう?
「はい、鍵屋です」
『あー、及川だけど。やっぱり具合悪かったんだな』
「うん? どうして」
駅で及川くんを見たとき、七瀬と会う前だったのに。
『いや、篤史が……昨日、鍵屋さんと会ったけど元気なかったって言うからさ。今朝も、ちょっと……違和感あったから』
「元気なさそうに見えた?」
『無理して笑おうとしてたっつうか、なんか』
「あー……うん。今は大丈夫」
『そうか?』
「それより、学校の公衆電話なんでしょ。ゆっくり話してたら授業が」
『ああ、さっき、始まったけど、自習なんだ。ほら、トキ高、ガラ悪いから、授業にならない科目あってさ……』
「た、大変だね。先生……」
『授業しないで給料もらってんだから、大変じゃねーだろ』
かわいた笑いが電話越しに聞こえるた。
くすぐったいような、なんだか不思議とあたたかくなるような。
『土曜、明日だけどさ。午前中は学校だろ。待ち合わせ、櫛田駅にしていいのかと……』
「どうして?」
『いや……気にしないなら、いい』
「学校帰りに会うほうが、及川くんも面倒じゃないでしょ」
『ああ、まあ、そうだけど。そういう話じゃなくてさ。誤解されたりって話』
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