第26話

「誤解?」

 わたしは、及川くんの言葉の意味を考える。

「付き合ってると思われるってこと?」

『違うのにそう思われるの、鍵屋さんはイヤじゃないか?』

 そう話していると、電話の向こうが騒がしくなってきた。授業中じゃなかったかな?

『ちょっと待って……』

 がたん、と受話器をどこかに置いた音が聞こえた。そのあと、

『うるせーんだよ。おまえら、教室に行ってろ』

『及川、オンナできたんかー? 篤史の彼女の友達とうまくやったんだな。俺も紹介してもらいてぇ!』

『違うっつってるだろーが。教室に帰れよ』

 と、ガラの悪いやりとりが聞こえてきた。

 電話代……大丈夫なのかな。

 改めて夜に話したほうがいいんじゃないかな?

『ごめん。うるさかったろ?』

「大丈夫。待ち合わせも気にしないから、大丈夫だよ。待ち合わせの時間は電車に合わせないといけないでしょ? ていうか、電話代……」

『ああ、テレホンカードあるから平気。電車の時間、学校終わってすぐに乗れたら、たぶん一時過ぎかな』

「わたしもそれくらい。駅の改札出た辺りで待ってる」

『わかった。じゃあ、ゆっくり休んでな』

「ありがとう、またね」

『……またな』

 電話を切ってから、座り込む。

 わたしの気持ちを尊重してくれる及川くんに、甘えてしまいそう。

 七瀬と鳥生くんのことは、今のわたしには関係ないから、考えなくていい。

 鳥生くんへの気持ちは、たぶん、もうない……はず。だからわたしは、 前向きに及川くんを知っていこうと思う。

 

  ✳  ✳


 土曜日は、午前中で授業が終わる。ホームルームは先生の気分で長引くことがあるから、電車の時間気をつけないとね。

 ホームルームが終わったあと、

「今日は、及川くんとデートだよね。だから、そわそわしてるんだ?」

 瑛美里が、からかうような口調で話しかけてくる。

 会話が聞こえたらしく、クラスメイトたちが、

「紗月、デート? 彼氏できたの? いいなあ。どんな人?」

「放課後デート、いいよね。してみたいよね」

「どこの高校?」

 と、質問してくる。

「まだ、ただの友達だから、そういうのじゃないんだよ」

「そういえば、今日は昼前から雨みたいだよ?」

「相合い傘だねー」

 なんだか、わたし以外が盛り上がっているみたい。瑛美里は、含み笑いでわたしを見ていた。

「友達だから、相合い傘とか、そんな感じにならないんじゃないかなー」

 冷やかされると、照れ臭くなる。及川くんを、変に意識してしまいそう。


 放課後になり、「楽しんできて」と、瑛美里が駅まで見送ってくる。

「昨日の話は、大丈夫なの?」

「うん。また、今度。瑛美里の家に言って話を聞いてもらえるかな?」

「わかった。じゃあ、今日、いいデートになるように、祈っておくねー」


 電車に乗る前に、かばんの中の折りたたみ傘を取り出す。

 及川くん、傘、持ってるかな……

 電車に乗り、櫛田駅に着いた頃には、雨脚が強くなっていた。

 これじゃあ、あちこち、行けないな……

「鍵屋さん、雨、ひどいね」

「先に着いてたんだね」

「授業終わってすぐ電車に乗れたから。トキ高の辺りは雨が降ってなかった」

「もしかして……傘、持ってない?」

「ああ、持ってると邪魔だからつい、いつものクセで忘れてた」

「この雨じゃ、濡れちゃうね。昼ご飯は、ここから少し歩くところに行くつもりだったから。この折りたたみ傘、小さめなんだよ……」

「ないよりマシだろ? それでメシ屋行くしかないよな」

 傘を広げる。

 及川くんが、傘を持つ。

 小さめだから、かなり密着してしまう。

「……店、こっちだから」

 わたしは、腕と腕が触れているところに、意識が集中してしまっている。

 わたしはかばんを体の前に抱きかかえ、及川くんは傘を右手にかばんを左手に持っている。

 それから、ゆっくり駅から離れていった。



 

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