四、雨のち晴れ

第27話

 店に着く頃には、わたしの右肩と及川くんの左肩は冷たくなっていた。

「傘、やっぱり小さすぎたね……」

「ずぶ濡れになるよりは……マシじゃないかな」

 及川くんのフォローに、苦笑いで返しながら傘をたたみ、店内に入る。


「二名様でしょうか。あちらの席にどうぞ」

 空席があってほっとしながら、そこに座る。


「ここのナポリタンが美味しいよ」

「じゃあ俺はそれにするかな」

「うん。飲み物は……いらないよね?」

 お金かかるからとは言いにくくて、濁してしまう。

「昼飯代は俺が出すから、何か飲みたいのがあるなら頼んで」

「それはだめ。悪いよ」

「この前うちに来たとき、電車代かかっただろ。あのときのお礼だから」

「うん……わかった。ありがとう」


 そう話していると、ウェイトレスさんが

「お客様、お冷やとおしぼり、お持ちしました。ご注文、お決まりでしたらうかがいます」

 と、なんだか気まずそうに言ってきた。

「ナポリタン二つ、それと、飲み物が……」

 もしかしたら、タイミングを待っていたのかもしれない。そう思うと申し訳なくなっていた。

「あっ、わたしはカフェオレで」

「俺はオレンジジュースで」

「かしこまりました。ナポリタンお二つと、カフェオレ、オレンジジュースですね」

「はい」

 そそくさとウェイトレスさんがいなくなり、話が止まる。

 何を話したらいいんだろう?

 そう悩んでいると、

「この店、よく来てんの?」

 と、及川くんが訊ねてくれた。

「月に一度くらいかな。うち、親が共働きだから、来るときはお兄ちゃんとだね」

「仲いいんだな」

「そうなのかな。友達と兄妹きょうだいの話をしたことがないから、他のところがどうなのかわからないんだよね。ほら、うちはお兄ちゃんが、ね」

「聞けないだろうな」

 及川くんは、苦笑いを浮かべる。

「友達っていっても、向こうはそう思ってなかったのが最近、わかって」

 わたしはそこで、言葉につまっでしまう。軽く話せる話ではなかったみたいだ。

 ちょうど、ウェイトレスさんがナポリタンを持ってきたので、ごまかせたかもしれない。

「鉄板が熱くなっておりますので、気をつけてください」

「あの、すみません、飲み物は食後でお願いします」

 及川くんがすばやく答えた。

 ウェイトレスさんは、ハッとした顔をして「かしこまりました」と言い、お辞儀をして去っていった。


「それじゃ、食べよう。その話はゆっくり聞くから」

 と、及川くんは優しく微笑んだ。

 見透かされた? 

 言葉につまったタイミングで運ばれたから、気づかれないと思ったのに。気のせいかもしれないけど……。

 わたしと及川くんは、もくもくとナポリタンを食べている。

 食べながら会話するって、難しいことだったかな?

 どういうタイミングで喋るのがいいのかわからなくなって、食べることに集中してしまいそうになる。

 退屈してないかな。つまらないって思って、会うのも電話するのもイヤだと思われないかな。

「ちらちらこっち見なくても、言いたいことあるなら話していいのに」 

 及川くんのナポリタンは、あと少しで食べ終わるみたいだった。わたしはまだ、半分近く残ってる。

「食べたいなら先に食べてから話したらいいと思う」

 そんなに言いたげな顔をしているのかな。無表情だと言われてばかりだから、それはないと思うんだよね。

「なんか歩歌見てるみたいでさ……」

 及川くんは、声を殺して笑い始めた。

 ……どういうこと?



 

  



 

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