第28話

「ばかにしてるんじゃない」

 わたしの顔を見てフォローしている。つまり、顔に出ているんだろうか。わたしが少しむっとしたこと。

 それをおさえるために、ナポリタンを食べてみる。

「か……」

 及川くんは、何かを言いかけて、やめた。

 わたしはナポリタンを咀嚼しながら、及川くんを見る。

 及川くんの顔が少し赤い。わたしから目をそらして、「かわいくて」と、ものすごく小さな声でささやいた。

 その様子を見て、わたしまで照れてしまう。

 でも、小さな歩歌ちゃんみたいにかわいいというのは、照れるほどのものなのかと考える。

 小さな子供みたいだと言うこと?

 それは、複雑。喜んでいいのかな。

「歩歌ちゃん、かわいいよね」

 こう言うことで、わたしは自分を慰める。少し冷たい言い方をしてしまう。

「あ、いや、そうなんだけど、そうじゃない……」

 及川くんは、困った顔をしている。

 よくわからない。

 かわいいは、褒め言葉だから、喜んでいいの?

「歩歌のかわいいと、鍵屋さんの……それは、種類が違う」

 ナポリタンを食べ終えていた及川くんは、お冷やを飲み干してうつむいた。

「種類?」

「歩歌は、妹だから。かわいくて当たり前だろ?」

「そうだよね。小さい子は、兄妹じゃなくてもかわいいものだから、それはわかるよ」

 そう言いながら、及川くんが言おうとしてることを理解してしまって、照れくさくなってきた。

「そろそろ、食後の飲み物、お願いしよっか」

 わたしは誤魔化そうとして、ウェイトレスさんを呼び、頼んでおいた。

「鍵屋さん、話を変えようとしただろ? いいけどさ」

 そう言いながら、及川くんは「助かった」と、小さい声で言い直している。聞こえちゃったけど。


 飲み物が届いて、ナポリタンのお皿は下げられた。

「そういや……何かあったんだろ? 様子がおかしいときがあったから」

 言葉につまったときのことを思い出したみたい。

「昨日の朝、七瀬……中学のクラスメイトから、いろいろ聞かされて」

 鳥生くんの話をしていいのか悩んだけど、全部話すことにした。

 及川くんの家に行ったとき、鳥生くんのことを話している。七瀬のことは、鳥生くんのことに触れずに話せない。

 わたしは、七瀬から言われたことを話してみた。

「それは、鳥生ってやつ、かわいそうだな。鍵屋さんがつらかったのもわかるよ。わかるっつうか、どれだけしんどかったか想像するしかないけど。んー。積み重なったこともあるから、簡単にわかるっていうのは違うんだろうな」

「ありがとう」

 わかったふうなことを言わない及川くんは、すごいと思った。

「気分悪くしたら悪い。鍵屋さんは、鳥生のことは大丈夫になってんの?」

「え? それは、もう、たぶん……区切りついてる。七瀬に言われてつらかったのはお兄ちゃんの話だったから。大丈夫なんだよ」

「大丈夫じゃなくても大丈夫でも、変わらないんだよな。鍵屋さんは、全部話してくれそうだから、そこに安心感ある……けど、うん、あとのことは俺自身の問題だし」

「うん?」

「鍵屋さんは、微妙に鈍感だから、あまり考えなくていいよ」

 はははと、及川くんは笑う。

「鈍感って、それは、褒めてないよね?」

「けなしてもない」

 今度は、少し意地悪そうに笑う。

 安心感、か。

 それは、わたしが及川くんに対する気持ちの中にもあるように思う。

 何でも話していいよっていう安心感。

 同い年なのに落ち着いてるところがあるからなのかな。

 恋愛の意味での好きというところに落ち着いたら、もっと安心するのかな。

 まだよくわからない。

「まだ、雨がひどいな。このあとは、どうする?」

 


 

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