第29話

「バスですずらん通りに行くのはどうかな。あそこなら、丸一マルイチあるし、アーケードで雨に濡れないよ」

「マルイチ? 俺、行ったことないな。そこ行こうか」

「雑貨店とか本屋とか、安くてかわいい洋服売ってたりね。見るだけでも楽しいよ」

 中学の頃、クラスメイトたちと行ったことある。でも、好みが違いすぎて行きたい店に行けなかった。

 瑛美里と行けたらいいなと思ってたけど、先に及川くんと行くことになるなんて思ってもなかった。

「さっきより雨が落ち着いてきたな。バス停は、ここから近い?」

「うん、すぐそこの角を曲がったとこ」

 カフェオレを飲み干したところで、及川くんが外を眺めはじめた。及川くんの飲み物は、まだ少し残っている。

「及川くんは行きたい店、ない?」

「そうだなー。特になかったんだけど、行ったことない店に行けたらいいかな?」

「雨じゃなかったら、もう少し行き先選べたんだよね。残念……」

「天気いい日に、また来たらいいじゃん」

「そうだね」

 次がある。それならあちこち行かなくてもいいのかな。

 そう考えながら、わたしも外を眺める。 

「あ……」

 思わず、声を出してしまった。

 店の前を、鳥生くんが傘をさして歩いているのが見えた。制服だから、学校の帰りだろう。

 わたしは思わず、うつむいてしまった。

「今、通ったの……知り合い?」

 向こうから見えないし、鳥生くんがわたしを気にするわけがないのに。

 それに、及川くんに知られたくない。

 ……?

 どうして?

 戸惑いながら、「中学の同級生」と答える。

「もしかして」

 及川くんは、わたしをじっと見ているようだった。うつむいてるからわからないはずなんだけど、視線が痛い。

「そっか。そうだよな。中学の同級生なら、櫛田駅あたりにいるのは、そうだよなあ。あいつが鳥生なんだなあ……」

 そんなに顔に出ていたんだろうか。

 表情が読めないと言われてきたのに、及川くんは、わたしの気持ちがすぐわかるらしい。

 及川くんの前では、いろいろ平気なフリはできないのかもしれない。

「今日は、もう帰るほうがいい?」

 及川くんは、残りの飲み物を飲み干したあと、そう言った。

「ううん。行くよ」

 約束していたから。それだけじゃなくて。

「わかった。じゃあ、バス停行こうか」

 

 

 

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