第24話
自転車を漕ぎ始めると、胃の痛みが増してきた。ねっとりとした汗が、額からにじみ出ている。
家に着いてすぐ、自室へ向かう。
お父さんもお母さん、お兄ちゃんは仕事に行っていなかった。
一人が良かったから、ちょうどいい。
学校……休む連絡しなきゃいけない。電話連絡したあと、わたしは部屋に閉じこもる。
部屋にいると、胃の痛みがおさまってきた。さっきの会話が、わたしにとって、精神的にダメージを与えていたんだろう。
七瀬だけじゃない。まだ、あんなふうに思ってる人がいるのかもしれない。
わたしはわたしなのに。
鍵屋晴月の妹なんて代名詞でしかないのに。
お兄ちゃんがどれだけ影響力のある人だったかなんて、わたしは知らない。家に来ていたお兄ちゃんの友達は、見た目は怖そうだった。
ゲームやトランプで遊んだこともある。わたしが勝っても負けても、楽しいからいいんだと、本気で勝ち負けを喜んだり悲しんだりしていた。
法律に反することをする人たち。
煙草やお酒、暴走行為、暴行、そのほか知らないけど……
お兄ちゃんの友達で、捕まった人もいる。犯罪だから、それは当然。
そういう感じだから、わたしは、鍵屋晴月の妹と言われると、嫌悪感しかなかった。
後ろ盾がどうとか、ふつうに真面目に生きていくには関係ない。
お兄ちゃんが嫌いと思ったことはない。遊んでくれた人たちも、ひとりひとりを嫌いにはなれなかった。
『さっちゃんは、俺らみたいなん見ても、フツーにしてくれっから』
『さっちゃんは、俺らのこと、こわくねーの? 晴月と比べたら弱っちいけどさー』
『さっちゃんは、真面目で真っ直ぐなまま大人になれよー?』
普通がわからなかったから。
お兄ちゃんの友達だから、遊んでくれるから、楽しかったから。
特別なことじゃなかった。
見た目がどうとかじゃなくて、晴月の妹だから仲良くしてますっていうんじゃないのがわかったから。
『晴月みたいにならないでね』
お母さんから言われたことがある。
『紗月が俺みたいになると思ってんのかよ。母親のくせにどこ見てんだ。なるわけねぇだろうが』
お母さんよりお兄ちゃんのほうが、わたしをちゃんと見てくれていた。
お母さんとお兄ちゃんの間に何があったか知らないけど、わたしが傷つかないようにしてくれていた。
お兄ちゃんの妹で良かったと思ってるのに、他人から鍵屋晴月の妹だと言われるとイヤになる。
制服から部屋着に着替えて台所へ向かい、お湯を沸かす。
インスタントコーヒーを飲んで、落ち着こう。胃の痛みはおさまったから大丈夫。
お湯が沸くのを待っていると、電話が鳴った。
いったん火を止めて、電話に出る。
「はい、鍵屋です」
『紗月? 具合悪いの大丈夫なの?』
瑛美里からだった。
「うん、今はだいぶ落ち着いたよ。学校から?」
『うん、事務室前の公衆電話。昨日、泣いてたから、まだ具合悪いのかなーって。無理しないでよ』
「大丈夫だよ。昨日のことは、もう大丈夫だから」
『他に何かあったの?』
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